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その日は千広の部屋に凛は泊まることになった。 凛は親戚に用事がありこちらにきたのだが、用事が済んでから千広と待ち合わせして合流した。本当なら日帰りにしようとしていた凛だったが、ふと千広が一人暮らしだったことを思い出して泊めてくれと直談判したのだ。 驚いたのは千広だ。お客を迎えるような準備もしていないし、何より狭いアパートだ。ホテルを取ってやるからそこに泊まれ、と言ったが未成年一人、ホテルの方がヤバくない?と凛に言われて、渋々承諾した。 夕食は近所のファミレスで済ませ、夜遅くまでゲームをして過ごす。結局、凛が千広の部屋に何をしに来たのか良くわからないまま、寝ることとなった。 「俺はソファで寝るから、お前はベッド使えよ」 「えー、一緒に寝たらいいじゃない」 「何言ってんだ、狭いだろ」 「気にならないよ、ねえ、一緒に寝ようよ」 凛が千広の腕を掴みながらおねだりをしてくるものだから、千広は最終的に折れる形となり狭いベッドで二人で横になった。 (甘えたがりなんだなあ) こんなおっさんと一緒に寝たって、気持ち悪いだろうに、と千広は凛の顔を見た。気持ち悪がっているどころか、上機嫌の顔をしている。 「千広さん、次の曲のテーマは何にするの」 「うーん、まだ決めてないんだよなあ」 凛の顔から天井に視線を変えて、千広はどうしようかなあと呟いた。 「じゃあ、俺からのリクエストでもいい?」 「お、それも面白いな。何がいい?」 一瞬、間をあけて凛が答えた。 「恋愛がいいな」 それを聞いて千広は少し、驚く。さっき、彼女の話をした時そっけない態度だったから、こういう話題は嫌なのかと思っていた。 (凛も、年頃だもんな) 「青春だねえ」 千広が半分、からかうようにいうと凛は顔を赤らめて笑う。その顔が可愛いなぁ、と思いつつも千広は少し寂しさを覚えた。 こんなに懐いてくれてる子でも、きっと彼女ができたら素っ気なくなるんだろうか。ひょっとしたら、ピアノの配信もやめてしまうかもしれない。 (サラリーマンと一緒にいつまでも遊ばないよな) 凛の生活の中で自分は何番目の存在なのだろうか、と思った時、千広はふと気がついた。 (俺は凛のことばかり考えてる) それはきっと弟のような存在だから。弟がいなくなりそうな今、寂しいと思うことは自然なのだと、千広は何故か自分自身に言い訳していた。 「千広さん、曲楽しみにしてるね。…おやすみ」 何か、言いたそうな顔をしながら凛はそう言うと、千広に背中を向けた。 「おやすみ」 翌日、凛と一緒に千広は駅に向かう。少しだけ肌寒い。もう秋も深くなってきている。 「色々話できて楽しかった!」 改札の前で凛は深々とお辞儀する。次はいつ会えるだろうか。そう、凛は思ってくれているだろうか。千広はそんなことを考えながら、凛に笑顔を見せる。 「曲できたらまた連絡するよ。風邪引かないようにな」 凛は少しだけ笑った。 「待ってます!千広さんも体調に気をつけてね」 手を振ると、凛はそのまま改札を抜けていった。お互いに『また会おう』と言うことなく、別れた。 *** それから二週間たった今。千広は焦っていた。 「うーん」 部屋の中で、ごろごろしながら頭を抱えている。仕事の悩みではない。 凛と約束した次の曲が、浮かばないのだ。今までの虚だと二週間もあれば完成していた。それなのに、最初のフレーズすら頭に浮かばない。 恋愛、というリクエストに頭を抱えている。 (そもそも俺、最後に恋愛したのはいつだ?) そう思うほど長い間恋愛から遠ざかっている。部屋に置いてあった少女漫画を買ってきた彼女はもう何年も前に別れていた。 こんなので、曲が書けるのか、と自問自答する。そもそも恋愛の初めってどんな感じだったか? 向こうから連絡が来たらその日、上機嫌になって。 二人で会ったら嬉しい反面、別れ際は寂しくて。 笑った顔が可愛くて。照れた顔が愛おしくて。 あれ、と千広が気付く。最近そんなことがあった。ピッタリ当てはまるようなことが… その時頭に浮かんだのは凛の顔だ。 (…いやいやいや!!) 千広は頭を振る。 (何考えてんだお誕生日!相手は男だぞ?年下だぞ!?) 意識すればするほど、一人で顔をゆでダコのように真っ赤にしていた。 そんなこと、ありえないと思いつつも恐る恐る凛とのことを思い出しながら譜面を目にすると… 初めのフレーズが思いついて、その先も頭の中に楽譜が出来上がっていく。面白いくらい、するすると音符が浮かんでくるのだ。 千広は部屋の中で驚く。 (ど、どうしたんだ、俺!?)
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