4.気持ち

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4.気持ち

「長峰」 教室の机に顔を伏せていると、背後から名前を呼ばれて凛はむくりと顔を上げた。 「うわ、どした?そんなブッサイクな顔して。せっかくの美人がもったいない」 話しかけてきたのは凛のクラスメイトの市瀬(いちのせ)だ。中等部からの腐れ縁。美人と言われるのが嫌いな凛が、そう呼ぶのを許している数少ない友人の一人が田辺だ。 「うまくいかないんだよ」 ポリポリとあたまを掻きながら凛が呟くと、市瀬は隣の椅子に座り、ははあ、とニヤニヤ笑う。 「例のサラリーマンのことか。恋する乙女だねぇ、長峰クン」 「うるせぇよ」 凛が通う全寮制の学園は中高校一貫の男子校だ。全寮制なので、親元を離れて生活すること数年。海外出張の多い両親は放任主義で、お盆と正月以外顔を合わすことがあまりない。だからといって不仲ではなくいつもスマホで連絡を取り合っている。 音楽が好きな凛を音楽科があるこの学園に入学させてくれたのも、両親のおかげだ。学校に置いてあるピアノはいつでも弾ける。休日に学校の敷地内にある寮からわざわざ弾きにいくこともある。 凛が配信する時に使っているピアノも実は学校のピアノだ。 市瀬は凛があの配信を始めた頃から色々と手伝ってくれていた。配信を始めた理由も、凛が千広と出会ったきっかけもよく知っている。 そして、凛が千広に好意を抱いていることも。 「お前くらい美人なら、相手もイチコロだろうに」 「お前なあ、ここの学校のゲイ率が高いだけで、世間で俺らはまだまだマイノリティなんだぜ」 市瀬を睨みつけながら、凛はため息をついた。凛のいるこの学園は男子校と言うこともありゲイのカップルが多い。だが、一歩外に出ればまだまだ男同士の恋愛は難しい。何よりノンケであろうサラリーマンが年下である自分に振り向いてもらえる可能性は限りなく低い、と凛は思っていた。 どんなに友人たちに美人と言われようが、異性間の恋愛には叶わないのだ。 「でも、仲良くやってんじゃん。あの配信も大人気だし」 市瀬は凛と千広の配信を欠かさずチェックしてくれた。音楽にさほど興味のない市瀬でも、このピアノはいいな、と言ってくれる。 「配信は人気でもなあ…まあ遊びに行った時には少し、あっちも意識してんのかなって思ったけどさ」 「どんどん押したまえよ、長嶺くん。せっかくのお泊まりだったんだから、いっそのこと押し倒してみればよかったのに」 「お前みたいに遊び人じゃねんだよ、こっちは!」 ニヤニヤと笑う市瀬に凛は膨れっ面をする。市瀬には田辺という恋人がいる。市瀬も凛と同じように整った部類の顔をしているが、凛と違い色々と遊んでいた。しかしつい一ヶ月前に田辺と付き合うこととなった。遊び人だった市瀬が中々口説いても堕ちなかったのが田辺だった。それをクリアして今やすっかりおとなしくなっている。 「でもさ、どうするの?遠距離だし、向こうは全然その気ないんでしょ?」 市瀬がそう言うと、凛はふたたび顔を机に埋める。 「うーん…何だろうなあ、弟みたいな感じなのかも。でもさあ…」 「あああもう、じれったいな」 凛は恋愛対象が男だ。付き合ったことがあるのも男だけしかいない。千広は全くそれを感じ取っていないようだった。 『凛は彼女いないの?』 そう聞かれた時、ズキッと胸が痛んだ。ああやっぱりそうだよな、と。まさか男が好きだなんだ思っていないのだろう。 千広が広場のピアノを弾いていたのをたまたま見かけた時、一目で恋に落ちた。仕事帰りと思われる普通のサラリーマンが、突然ピアノを弾いてしかも、あんなに上手いなんて。二人で弾いている時も、自分がサポートはしたものの、現役で音楽を学んでいる自分と同じくらいのレベルということに驚き作曲もしていると聞いて、更に魅かれて行った。 せっかく一緒にセッションする仲になったのに、千広と離れ離れになってメールだけでは寂しくて配信をお願いしたのも、下心があったからだ。初めはそれだけで満足していたけれどやっぱり会いたくなってきて。千広の住む街に遊びに行ったのも、千広に会いに行くのがメインで親戚の家など訪れていない。きっと千広は凛がこんなに考えているなんて気が付いていない。 「次はいつ配信するの?」 市瀬に言われて、はっと気づく。そう言えばいつもなら早く届く千広の楽譜が三週間経ってもこない。恋愛、なんて無茶なリクエストしたからだろうか。 あのとき勢いで告白してしまえばよかった。 凛は大きなため息をついた。
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