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1.出会い
翌日。
連日行って演奏するのは少し恥ずかしいかな、と思いつつもまたピアノのある広場に千広は向かった。今日は先客がいて、女子高生二人が流行りのバンドマンの曲を弾きながら、キャアキャア騒いでいる。
青春だなあと思いながら見ていると女子高生の一人が千広に気付いて声をかけてきた。
「昨日弾かれていた方ですよね?私たちもう帰るから、どうぞ!」
ニコニコしながら二人が席を開けてくれた。千広は軽く会釈しながら椅子に座る。どうやら二人はそのまま聴いてくれるようだ。聴かれると思うと緊張するな、と千広は思いながらピアノを弾き始めた。
今日はクラシックではなく、昔自分が作った曲。知らない曲だから、あの女子高生二人は離れてしまうかなと思いながらも弾きつづける。何度も弾いた懐かしい曲。誰も知らないこの曲を楽しめるのはいま千広一人だけだ。そして、最後の音を優しく弾き終える。
顔を上げると、先程の女子高生二人はまだピアノの側にいて拍手をくれた。周りを見るとまだ数人が足を止めていた。そしてその中に、昨日一緒にピアノを弾いた彼がいた。手をひらひらさせながら近づいてくる。
「こんばんは。この曲は?」
初めて聴いた、と彼が呟く。そりゃそうだよ、と千広は笑う。
「オリジナルだよ。俺が作ったの」
「えっ。マジで?すごい」
パァッと目を輝かせて千広の顔を見る。そうして当然のように隣に座った。
(そんなキラキラした目で見られたら恥ずかしいな)
千広は何となく照れくさくなり、顔を背けた。
「お兄さん、今日も一緒に弾かせて?」
「おう。お兄さんは照れるからやめてよ。船澤って言うんだ」
「船澤さん、下の名前は?俺は凛って言うんだ」
人懐っこい子だなと千広は苦笑しながらもピアノに手を置き、次の曲を弾き始める。
「千広だよ。今日はこの曲にしないかい?」
「ワン・ノート・サンバか、いいね」
アップテンポなナンバー。二人で弾き始めるとピアノの周りには人が集まってきた。立ち止まる人は昨日よりさらに増えている。体を揺らしながらリズムをとる学生や、踊る子供。二曲目はそんな子供が楽しめそうな「仔象の行進」をチョイスした。千広と凛は昨日感じたように、お互いを引き立てながら曲を演奏していく。
曲が終わるとまた拍手を浴びる二人。お辞儀をするとさっきの女子高生二人が駆け寄った。
「昨日もよかったけど今日も良かったです!プロみたい!」
どうやら二人は昨日たまたま見かけて聴いたらしく、今日も来るかもしれないと待っていたという。千広はその話を聞き、凛目当てなんだろうなと苦笑いした。
「明日も待ってますねぇ!」
二人はそう言いながら去っていく。まるでアイドルに会ったかのようにキャアキャア言いながら。
(そんなに毎日は来れないのになあ)
ちょうど仕事が佳境になってきて、そろそろ来れないかなと千広は思っていたのだ。
「千広さん、明日も来られますか?」
隣で凛がピアノの蓋を閉じながら千広に聞いてきた。
「うーん。明日からは残業になりそうだから微妙なんだ」
「じゃあ二十時までに千広さんが来られなかったら、帰ります」
凛がそういうので千広は慌てた。二十時まで待つなんて学校終わってから何時間待つつもりなのか。
「えっ、待たなくていいよ。そんな時間まで待ってたら親が心配しちゃうだろ」
でも、と凛は少し残念そうな顔をした。たかが二回会ってピアノを一緒に弾いただけのサラリーマンになぜそんな事を言うのか、千広は不思議に思ったがまあいいかとスマホを取り出した。
「凛くん、連絡先交換しとく?」
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