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2.配信
実際に配信を始めたのは、凛の電話から一週間後。千広が昔、作った曲を投稿した。千広は先日、凛が自分宛にくれた動画をあげたらいい、と言ったのだがこの曲は想い出の曲だから配信したくないと言い出したので他の曲にした。
凛の言葉に、千広は照れながら一人部屋の中でニヤニヤしていた。
自分だけで満足していた曲を気に入ってくれて、挙げ句の果てに想い出の曲とまで言われて。ホントに褒め上手だなと思っていた。
インパクトのある動画ではないし、ニッチなものなので再生数もそんなにないだろう。それでも誰かがこの曲を聴いて、また聴きたいと思ってくれたらそれだけでいい。千広はそう思いながら、曲を書いていた。
「船澤さん、お疲れ様です」
職場で電子タバコを吸っていたら、背後から声をかけられて千広が振り向くと津田が立っていた。
「お疲れ様です。今日はこっちに出張なんですね」
「ええ。会議なんですけどね、こちらに来るまでの時間がもったいなくて」
出張も楽じゃないですから、と苦笑いする津田。その言葉に千広も頷く。津田は持っていた缶コーヒーを一口飲むと大きな背伸びをした。
「船澤さんはいつも出張されてるんですよね?しんどくないですか?」
「いやもう、年々体は辛くなってますよ」
「ああ、そう言えばうちの社でも会議とかリモートになるそうですよ。効率わるいですもんね」
「へえ」
「船澤さんの仕事もリモートできたら、もう出張行かなくてもすむかもしれませんねえ」
津田の言葉に、それはありがたいと思う反面、息を抜く時間がなくなって困るなあ、と千広は感じた。仕事が嫌いなわけではないが、ずっと同じ場所の勤務もしんどいなとため息をついた。
(出張がなくなったら、凛に会いに行けなくなるなあ)
そんなことをぼんやりと考えてふと、気が付いた。自分の生活の中に、こんなに凛が入り込んでいることを。凛が知ったら、気持ち悪がるだろうか。
それから数週間。相変わらず、千広の出張は続いていた。ただ、以前と違うのは移動中に曲を書いていることだ。以前は寝ているか本を読んでいるだけだったのに、熱心に曲を書くあまり、降りる駅を過ぎそうになったこともしばしば。
PCを使って作曲する方法もあるのだが大学生の時からの癖で、いまだに手書きだ。それを原案として自宅やホテルでPCを使い、音の確認。楽譜は凛に見せて弾いてもらう。
凛は納得がいかない箇所について手厳しく指摘するので、手直しをしながら、二人が納得して配信を行っていた。
二人の配信した動画は段々と再生数も多くなってきている。たまにコメントも入るようになっていた。大体は予想通り、凛の容姿についてのコメントだったが、中に曲について褒めてくれているものもあり、千広はそれを読んでは、次の曲を作る源としていた。
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