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3.選択
待ち合わせした改札の向こうから凛が手を振りながら走ってきた。
「千広さん」
改札を抜けて、千広の下に走ってきた。いままで制服の凛しか見たことがなかったので、私服が新鮮だ。パーカーにGパンというラフな格好なのにモデルのようだ。
「久しぶり」
「わー、スーツじゃない千広さんはじめて!」
トレーナーを着た千広を見て、若く見えると悪戯っぽく笑う凛。このやろ、と凛の頭をクシャと触る。まるで数年も前から知っているかのような二人。
「腹、減ったろ。何が食いたい?」
「中華!」
昼飯を一緒にとり、街を二人で歩いた。これといった観光地もないので、どこへ連れて行こうか悩んだが、凛は千広のいる街を歩いてみたいと言い、そして千広の部屋に行きたいと言ってきた。
「俺のとこ来ても、何も面白くないよ」
「どんな部屋で曲を書いてるのかなあと思って」
ふぅん?と思いながら結局、千広の部屋に通した。
「お茶でいいか?」
「うん。あ、この漫画面白いやつ!」
千広が台所でお茶を入れている間に、凛は本棚に置いてあった漫画を品定めしていた。ずらりと並ぶ少年漫画の中に少女漫画を見つける。しかも、恋愛漫画だ。
「千広さん、乙女な漫画好きなの」
「は?」
急須と湯飲みをテーブルに置き、凛が手にしている少女漫画を見てあああ!と声を上げた。
「そ、それはっ、俺が買ったんじゃないよ!」
ニヤニヤと笑っていた凛がキョトンとした。
「え?じゃ誰が」
顔を真っ赤にした千広は小さな声で呟く。少しだけバツが悪そうに。
「前、付き合ってた子だよ」
「…あ」
凛は一瞬驚いたような顔をして、その漫画を棚に戻した。
「千広さんも大人だもん、彼女いるよね」
「そういう凛は、彼女いないの?」
「いない」
モテそうなのに、と千広が言うと凛は苦笑いする。何となく気まずい空気になって千広は話題を変えた。次回、凛に弾いてもらう楽譜を見せ、凛はそれを見ながら無意識に指を動かしている、頭の中できっとピアノを弾いているのだろう。
「そう言えば動画、再生回数かなり増えたな!登録してくれてる人も増えたし」
「うん…あの、それで千広さんに言いたかったことがあるんだけど」
お茶を一口、飲むと凛の顔が少しだけ緊張したような面持ちになる。そんな顔を見て、千広は心配になった。あの動画が何が問題になったのだろうか。
「この前、動画のダイレクトメールに音楽関係の人から連絡が来てさ。音楽活動してみないかって。俺らの動画、再生回数ヤバいくらい多いんだよ。千広さんが言ってたころより何倍にもなってる」
意外な話に、千広は目を見開く。そんな連絡が来るほど、再生回数が増えているとは。凛のピアノテクニックもあるが、そのルックスに音楽関係者は連絡してきたのだろうか。
地方に住む高校生が突然そんなことを言われても戸惑うだろう。ましてや凛は高校二年生。そろそろ進学を真剣に考えないといけない。一生を左右するような時期だ。選択によってはこの先の運命が変わる。
「凛は音楽活動をやりたいの?」
「…俺だけじゃないんだよ、声がかかってるのは。俺と千広さんのセットなんだ」
「え?」
音楽関係者から言われたのは、『ピアノテクニックもさることながら曲が素晴らしい。自分で作っているのか』ということだった。凛は自分ではなく歳上の知人が書いているのだと言うと、二人でやってみないか?と言ってきたという。
「二人でするなら、セッション出来るね」
凛は少しだけ微笑むが、千広はそれを見ておらず、考え込んでいる。
まさかの自分の身にも降りかかるとは思わず、千広は息を呑んだ。
(ただの趣味でやってることを、仕事にする…?)
会社は副業は認めてない。だとすれば、仕事を辞めなければならない。会社を辞めたら収入は激減だ。やっと安定してきたというのに、と色々考え出す千広。そんな千広の様子に、凛は少し寂しそうに笑う。その顔にも千広は気付いていない。
「千広さん、気にしないで。俺、驚いただけだからさ。こういうのが来たよって、言いたかっただけだから」
そう言って凛はその後、この話題を出さなかった。
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