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一目惚れ
蜘蛛のタトゥーを入れたのは、Crowleyのバイトに入ってすぐのことだ。
「君は、蜘蛛みたいだね」
面接の時に、オーナーにそう云われたのがきっかけ。
当時から俺は、モデルの仕事をやっていた。ここにバイトに入ったのは、もっとアダルトな刺激を求めたからだ。
Crowleyは、表向きは普通のバー。でも一回、仕事で一緒になったマダムのお気に入りになった時に連れて来られて、ここが会員制のSMバーであることを知った。
正直、そのマダムは気がある相手じゃなかった。でも社長が、大事なスポンサーだって云った。こんなに可愛い俺を売りやがってさ。マジ、ドナドナ。
二軒目だったけど、ちょっとヤケになった俺は酔おうとした。最悪、勃たない云い訳になるし。だから一杯目の注文で、「強いの」って云った。出てきたのはカミカゼ。ウォッカのカクテルだった。
その時カウンターでシェーカーを振っていたのが、オーナー。
初見、酒を作るよりも、顔で売った方が儲かるだろうな、と思った。でも、彼の男らしく角張った長い手の中で、銀のシェーカーが繊細に振られるのに、すぐに見惚れた。なるほど。この人が一番魅力的に映るのは、こういう、薄暗い塒みたいな舞台なんだろうな。
「恰好良いなぁ。俺、バーテンダーさんみたいな大人になりたいんだよね」
そう云うと、彼は口元に甘い笑顔を含ませて、ぴくりと片眉を上げた。どこかキザっぽいそれは多分、彼の癖だ。
「それは、狡い大人になりたい、という意味ですか? それとも、女性にだらしない男に?」
「おじさんがそうなら、そうだね」
「それは止めておいた方が良い。でないとそのうち、人を殺すことになる」
「へぇ。人を殺したことが?」
「もちろん。女性は、それなりに」
あ、ダウト。レディーキラーってだけじゃない。この人絶対、人間を殺している。それも、一人や二人じゃない。
そんな感じがする。なんというか、匂いが。
そうすると、この生粋のヴィランみたいな男に、ちょっと興味が湧いた。
「尊さんも、倫ちゃんみたいにもうちょっと若ければ、アタシもベッドで殺してもらったのにねぇ」
煩いな。ちょっと黙ってろよ、ババア。
それは残念、とオーナーは笑った。それからずっと、会話をババアに奪われた。
つまんないな、と頬杖をつく。ばちり、とグラスを拭くオーナーと目が合う。彼はすっと目線を流して、奥のトイレの方を見た。
なんだろう。試してんのかな。俺のこと。
俺はグラスに残ったカミカゼを煽って、トイレ、と席を立つ。
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