きっと信じてはくれないだろうが

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 首を振る。見えてないんだろうけど。その、とびきり甘い声に、反抗する。 「お願いオーナー。俺を置いてかないで」 『私を置いて行くのは、君だ。私はここで立ち止まるだけなのだから』 「それも一之瀬涼のためなの?」  少し、オーナーは黙る。図星をつかれた時、やっぱり彼は黙る。 「……オーナーは、なんでそいつにこだわるの」 『彼が、私より先に死んだから』 「そんなの、オーナーには関係ないじゃん。家族でも、恋人でもないのに」 『でも、友達だ。俺は彼のために人を殺せる』 「俺のためにチョウチョを殺したでしょ。それでもまだ、俺より一之瀬涼の方が大事なの?」 『大事だよ。だから、俺は今から死ぬんだ』  はっきりと振られた気がした。もう、二度と手が届かないんだって思った。 「俺より可愛いの?」  そこだけが彼から見て、一之瀬涼と俺が並んだところだ。  電話の向こうで、彼が笑う。波にさらわれる甘い吐息で、そうだな、と呟く。 『やっぱり、君の方が可愛い。でもやっぱり、一之瀬涼の方が、どうしようもなく綺麗なんだ』  ああ、ああ。そう。そっか。  もう、その言葉も声にならなかった。溢れる涙が言葉を詰まらせる。 『君が思うほど、俺は綺麗じゃない。でも、それなりに私は君が好きだから、キスもセックスもしなかったし、人を殺させなかった』  勝てるわけなかったんだ。元々、俺には。だってこの人は、可愛いものよりも、綺麗なものを好むんだから。  だから、一之瀬涼みたいに明確に、『愛してる』って云わないんだ。一度も。 『……君を愛さないことが、君への最大限の愛なんだよ』  空気が喉に詰まる。電話の向こうで、彼の革靴が地面を蹴った音がした。  ごうって、早い空気の流れ。落下する音。それを聞きながら、待って、待って、とうわ言みたいに呟く。  倫、と俺を呼ぶ、吐息を含んだ声が、俺の言葉を止める。 『君は俺に騙されてはいけない。こちら側に来てはいけない。どうかそのまま、君は美しいままでいてくれ』  落下。水に飛び込む音。微かに聞こえる泡の音。彼の体が沈む音。不意に、ぷつっと電話が切れる。
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