死神に、恨み言を吐くこともできない

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死神に、恨み言を吐くこともできない

 ベランダの手すりにもたれて、俺は残りの煙草を吸った。妙に頭は冷静だった。  ああ、悔しいな、って思った。別に、一之瀬涼に負けたことじゃない。いやそれもあるんだけど。  煙みたいに。火のすぐ近くの揺らめきは見えるのに。上がるのをちゃんと目で追いかけて、縋っても。その形を覚えていたはずなのに。掠れて、空気に溶けるように消えていく。  どうして。どうして。あんなに好きだったのに、死んだ途端、もうはっきり思い出せない。あの人の顔を。声を。匂いだけ、微かに煙草に染みて残っているけど。煙と俺の香水に紛れて、すぐに消えていってしまう。  俺は口の端から煙草を外して、ベランダの床に押し付ける。それがちょうど立ったから、俺はしゃがみ込んで、両手を合わせた。  これが、彼の墓石。残った煙が線香。南無阿弥陀仏。さようなら。  その墓には、誰の名前も刻まれていない。
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