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蜘蛛と鳥
今日は少し、皮膚の下に飼っている毒蜘蛛が痛んだ。
裏口から店に入って、サロンを巻いてカウンターに出る。その途中、常連の女が連れの男に腰を抱かれて、奥に入って行くのとすれ違った。
「あれ」
夕焼けを閉じ込めたみたいな暗さのカウンター。そこに立つ人影に、首を傾げる。
「オーナー? もしかして俺、時間ミスってた?」
「やあ。おはよう、倫」
バー『Crowley』のオーナー、小鳥居尊は、水滴を拭き取ったショートグラスを棚に戻しながら、アダルティな笑顔を向けてくる。彼の顔は久しぶりに見た。
「あ、分かった。今日はもうオーナーがしてくれるんでしょ。やーりぃ、俺ギムレット」
カウンターを素通りして、俺はすぐ傍の席に飛び乗るようにして腰掛ける。オーナーは手を拭いたタオルをカウンターに置いて、サロンの紐を解いた。
「残念ながら交代の時間だ。それから、挨拶くらいは返して欲しいものだが」
「おはよ、オーナー。今日の俺を見て、何か云うことはない?」
「ピアスが増えている」
「それは一週間前」
「じゃあ、ネイルだ。それとも前髪を一センチ切った? カラコンも変わってるね。そういえば肌も綺麗だ。あとは」
「なにそれ、テキトー。爪だけだよ」
「ここはネイル禁止だ。次は落としてきなさい」
はいはい、と頬を膨らます。なんか、期待してたのと違う。
ベストとサロンを丸めて、シャツとスラックスのラフな恰好になったオーナーは、胸ポケットから煙草を取り出した。
「でも良く似合っている。可愛いから、一杯作ってあげよう。ギムレット?」
前言撤回。俺は椅子から降りて、よし、と伸びをする。
「やった。オーナーのそういうところ好き」
「光栄だな。私にも同じものを作ってくれるかい? ああ、そうだ。あと」
シェーカーとジンの瓶を取って、オーナーが俺の首筋を見た。
「今日は君の蜘蛛が、嬉しそうだ」
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