CANDY BLUEな日曜日

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「ん~、いい天気だぁ」  駅前広場の雑踏を避け、あたしは一人伸びをする。  あたし海堂美紅、中3。  5月終わりの日曜である今日は、幼稚園からの幼馴染にして腐れ縁な彼氏、浜野陽介とデートの約束をした日、なんだけど……。待ち合わせ場所の駅前広場ここに、約束の時間を30分過ぎてもアイツが来ない。 「あーあ、遅いな。何やってんだろ、陽の奴」  いい加減にしないとお昼になっちゃうじゃないか。 「あれ? 海堂じゃん。何、陽待ちでもしてんの?」  軽くイライラしていたあたしの前を通りかかったのは同級生の唐崎卓郎だ。こいつも小学校からの付き合いで、今でも割と仲がいい。 「うん。もう1時間近く経つんだけど来ないんだよ」 「陽なら、百合根と(ある)ってるの見たけど? 結構楽しそうだったぞ」 「マジで?! なんで百合根なんかと」  百合根――百合根藍子は、美人だって男子どもには人気がある。だけど芝居がかって聞こえる、高飛車お嬢様風なしゃべり方が鼻につくって女子にはかなり嫌われてる女だ。そして、――何故か中2くらいの時から陽にコナかけてる。 「とうとう堕ちたかな」  ニヒヒと笑いながら歩いてくたくろーに、あたしは何も言えなかった。 「帰るか」  ひとり呟いて家路につく。もう、絶対許さないんだから!!  翌日の授業中。あたしは公式を解説する先生の声そっちのけでノートを破いて手紙を書いた。 『約束破ったわね。あたしより百合根がいいんでしょ! 許さないわよ』  放課後に小さく畳んだそれを、クラスの違う陽が廊下に出たところで押し付けて、呼び止めようとする声をシカトして、ダッシュして帰った。  それ以来、あたしは廊下や登下校で陽を視界に入れないようにしていた。 「美紅、いつまで浜野くん無視してるつもり? 休み時間の度にナニか言いたそうな顔でこっち見てるよ?」 「いいのよ。アイツが悪いんだから」  6月も2週目に入った昼休み。親友の香蓮の言葉にもあたしはそっけなく返す。その日も陽を無視して帰宅した。アイツはもっと反省するべきなのよ!  その週の日曜。あたしは朝から自分のノートパソコンでネットサーフィンをしていた。そこにメールソフトが1通のメールの受信を知らせるアラームを鳴らす。 「陽……だ」  アイツとは普段メールで連絡を取っていたんだ。受信拒否なり、迷惑メールなり設定しとけばよかったのにうっかりしていた。 『会って直接話したい。午後3時、3丁目の児童公園に来てほしい。このメールはシカトすんなよ? 陽介』  シカトは許されない。じゃあ会うしかないか……。仕方なく、あたしは『OK』とだけ返信した。  そして3時過ぎ。雨が降ってもおかしくない雲行きの中、あたしは傘も持たずに指定された児童公園に来た。天気が怪しいせいか普段ならいるだろう親子連れの姿はなく、入り口から覗き込むように陽を探すが、なかなか見つからない。 「おーい、こっちこっち」  声がした方を見ると、隅にひっそりと置いてあるブランコに陽が座っている。スポーツバッグが柵のところに置いてあるから、部活帰りなのかな。  近づいて、空いている隣のブランコに腰を下ろすと、口を開いた。 「こんなトコに呼び出して、何の用?」  我ながら可愛くない声になる。でも、そんなことに気づかないで陽が言った。 「おまえが勘違いしてるみたいだから、誤解を解こうと思ってさ」 「は? 何を誤解してるって?」 「百合根とのこと。……いったい誰から聞いたんだ?」 「たくろーだけど?」  あたしの答えに陽がやっぱりか、という顔をする。それからしばらくは沈黙が場を支配した。 「……たくろーの勘違いだよ。俺は何もしてない」  先に口を開いたのは陽。 「どゆこと?」  あたしの疑問に返ってきた答えはこうだ。 「俺は駅前まで行く途中で百合根に絡まれてただけ。それをあいつが曲解したんだ、絶対」  で、それを聞いたあたしはデート当日に二股発覚って勘違いしてキレた、と言いたいらしい。 「俺は正直、百合根のこと嫌いだよ。ちやほやされるのが当たり前みたいな女だ。俺に関わろうとすんのも他の奴らみたいに構ってほしいだけだよ」  そこまで陽が言い切った時。  ポツポツ…… 「げ。降ってきたっ」  いつの間にか雲は厚くなっていて、そこから雨が降り始めた。 「美紅、傘持って……ねえな」 「そういう陽こそ」  あたしたちは慌てて立ち上がり、陽のバッグを抱えて目についた木陰に逃げ込む。広葉樹の枝は大きく、多少の雨ならしのげそうだけど、しばらくはここから動けそうにない。 「大丈夫か?」 「うん。そっちこそ」  隣り合って木陰に立つ。陽がぽつりと呟いた。 「……こないだのことは勘違いだったわけだから、もう許してくれないかな。美紅?」  消えそうな問いかけに、あたしはうなずいた。 「ん。もういい」  次第に雨脚が強くなる。すっとあたしの肩に陽の手が伸びてきて、あたしの身体を自分の傍に引き寄せた。 「もっとこっち来ないと濡れるぞ」  目を丸くしてアイツの顔を見ると、耳まで真っ赤。なんだか見ちゃいけない気がして、あたしは慌てて目をそらす。  雨に濡れた景色はアクアブルーに染まっていた。そんな中、あたしたちは誰も見ていないのをいいことに、冷たい色とは裏腹にCANDYみたいなキスをした。  二人の誤解が解けたお祝いに、甘ーい甘ーいキスをした。  今日の天気は午後から雨。甘い甘い、CANDY BLUEな日曜日。 END.
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