【幻想】漆黒の悪魔

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【幻想】漆黒の悪魔

「貴女に、この身と心の全てを捧げましょう」  目の前にひざまずく美貌の悪魔に、私の記憶は蘇る。  ――そう、前世の私はこの悪魔のために破滅した。  それが何者かを知らないまま名を授け、彼に囁かれるまま、次々に望みを叶えさせた。  気に障る者は消し、欲しいものは手に入れ、我儘を重ねれば重ねるほど傲慢になり。  そして、最後は国ごと消滅した。 『私のために滅ぶ国が、見たいわ』  もうこの先には孤独と破滅しかない。  そんな未来しか見えなくなった時、そう願った。  強大な魔力を誇る彼にとって、造作もないことだった。 《最初の名前》をつけた私を、彼はどこまでも愛し、甘やかした。 「貴女こそ我が主。幾度(いくたび)その器が変わっても、魂を見誤ることなどありませぬ」 「……あなたは、以前の私を、不幸だったと思う? それとも、幸せだったと思う?」 「それは、主だけが知ることでございます。わたくしには、知りえぬことにて。  ただ、望みをかなえて差し上げることは、わたくしの喜びでございました」  ああ。どこまでも子供に甘い親のように。  人の世の理を知らぬ悪魔と、世間を知らなかった私は、手に手を取って滅んだのだ。周囲をまきぞえにして。 「……そうだったのね」  彼にではなく、自分自身に、そう呟く。  なにを間違えたのか、今ならわかる。  彼は幸せだったろう。  私はどうだったろうか。  私達以外の人達には、不幸以外のなにものでもなかったろう。  私はなにも、知らなさ過ぎた。 「ならば、また私の願いを聞いてくれるかしら?」 「なんなりと」 「私が次にあなたを呼ぶまで、私の前に現れないで」  自然と、口元に笑みが浮かぶ。  彼はそれを凝視する。 「声もダメよ?」 「……御意」  深く頭を垂れた彼は、もうそこにはいなかった。  私の人生は、まもなく終わる。  子供たちは巣立って久しく、つれあいも先立った。  自分の手で足掻き、掴んだ人生だった。    ――次の人生には、災厄を連れてゆかない。
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