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Y市で発生した列車転覆事故から10年。
その日は鉄道会社主催の慰霊祭が執り行われた。年々訪れる遺族は減り、今年に至っては約半数ほどだった。
遺族の一人、祐子(28歳)は、参列者の中に見覚えのある顔を見つけた。センスのいい身なりのその男性は、都会から来ているのだろう。年の頃は自分と同じかそれより少し上ぐらいか。参列者の中でもかなり浮いているので、祐子は最初の慰霊祭の頃からよく覚えていた。
式も終わり、人が帰って行くなか、祐子は折りたたみイスにぼーっと座っていた。その時――
「このあと食事でもご一緒しませんか?」
さきほどの男性が声を掛けてきた。
「え? あの……私でよければ」
全く知らない人でもないし、食事ぐらいならいいだろう。と祐子は付き合うことにした。
二人は駅前のファミレスに入り、ランチを注文した。
飲み物を汲み一息つくと高橋から話を始めた。
「なんか慰霊祭の後って毎回、心の置き所が分からなくて、僕もよく今日の貴女みたいにぼーっとしてたんですよね。だからってわけじゃないんですが」
「ああ……なんとなくわかります」
苦笑するその人は、IT企業勤務の高橋と名乗った。事故で兄弟を二人亡くしたという。
「うちは母を亡くしたんですが、実はアニメーターをやってたんです」
「ほんとに?」
高橋が妙に話に食いついてきた。
(か、顔……近いです)
イケメンに迫られて少々ドキドキしてしまった祐子は、ジュースを一気飲みして気を落ち着かせた。
「****という作品ご存じですか? その時の作画監督をしていたんですが、あ、作画監督って分かります?」
「わ、わかります! 名作ですよね! って、ええ……本当に? えええ」
高橋は一瞬テンションを上げたが、既に故人であることに思い至り、困惑を隠せなかった。
「結局それが遺作になってしまったんですが、私は母の作ってきた証を見ていたくて、でも絵はあまり得意じゃなかったから、東京のアニメショップの店員になったんです」
高橋はテーブルの上で手を組んで、困り顔で微笑みながら、祐子の話に耳を傾けていた。
「世間じゃアニメとか偏見のある人も多いから、こんな話するの高橋さんが初めてです。おかげでなんかスッキリしちゃった」
「お役に立てて何よりです。じゃあ、祐子さんはゲームをされたりしますか?」
「ゲーム? ええ、もちろん。母の作った作品でゲーム化されたものはいくつかありますし、普段からスマホゲーをよくやってますよ。バイト仲間とPT組むこともあります」
「そうですか……。実は僕、ゲームデザイナーなんです。アニメと同じく偏見を持つ人が多いので最初にIT関係だなんて誤魔化してしまいました。済みません」
「と、とんでもないです! ゲーム作られてるんですか! すごい!」
「今どんなゲームやられてるんですか?」
問われて祐子はスマホの画面を見せた。
高橋はひとつのアイコンを指差した。
「ほんとに!?」
祐子は目を大きく見開くと、高橋の顔を凝視した。
「遊んで下さってありがとうございます。ご満足頂けていますか?」
「ご満足もなにもビッグタイトルじゃないですか!! ホントに?」
高橋は嬉しそうに名刺を差し出した。確かに、見知った会社名とゲーム名、そしてエグゼクティブプロデューサーの肩書きがあった。
「イベントでもないのに、こんな話が出来るなんて。慰霊祭なんていつも憂鬱なだけだったのに、今日は来て本当に良かった」
「私もです。毎回、次は来るのよそう、よそうって思ってるのに踏ん切りがつかなくて……」
「僕もですよ。きっと妹と弟が、もう来るなよって言ってる気がします。僕がゲームを作り始めたのだって、あいつらを喜ばせたくて始めたのに、この世からいなくなって続ける意義が分からなくなってた」
「あんなすごいゲームなのに……」
ゲームやアニメの話で盛り上がった二人が店を出る頃には、空に星が輝いていた。
「僕は車で来てるので、ここで失礼します。もう慰霊祭には参加しないので、お会いすることはないでしょうが、どうぞお元気で」高橋は深く頭を下げ、踵を返した。
「あの!」祐子が思い詰めた顔で呼び止めた。
「……どうされました?」
「高橋さんのゲームで喜んでいる人間がここにいます! どうか、忘れないで……ください」
じっと己を見つめる祐子を、高橋は見つめ返した。
ありのままの自分を分かってくれそうな女性に心が動く。でも、これ以上関わっていいものなのか。高橋は逡巡したが弟たちに背中を押された気がした。
祐子は微動だにせず、真っ直ぐ高橋の瞳の中を覗くように見つめている。
1分ほど見つめ合って、根負けした高橋は腹を決めた。
「車で送っても? もう少し話の続きがしたい、です」
満面の笑みで、祐子はペコリと頭を下げた。
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