序章

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 自分は一体何をやってきたのだろう。三十二年間生きてきて、本当の意味で「生きている」と感じられた日は何日あっただろうか。 父親の事故死、 母の再婚、 義父の暴力。 グレずに精一杯真面目に頑張ってきたつもりだった。学校では「ネクラ」と呼ばれ、いじめられこそしなかったものの楽しくはなかった。母は一生懸命に自分を育ててくれた。義父の暴力からも守ってくれた。でも、母は心が弱い人だった。  「母さん、お願い。早く義父さんと別れてよ。」  俺もう辛いよ、何回も言った。だが、母はいつも微笑んでいるばかりで返事をくれたりはしなかった。あ、一回くれたことがあった。  「あの人、本当は良い人なのよ。本当は優しいの。あなたの悪いところを直して、将来苦労させないように厳しくなっているのよ。でも、母さんも酷いなって思ったら止めるから。」  まだ十歳にもいっていない俺に対して本気で殴ってきたり、煙草の火を押し付けて来るやつのどこがいい奴なんだか。母さんのことは好きだが、かなり失望したのを今でもしっかりと覚えている。  気づいたらハンドルに爪を立てて握りしめていた。 母さん、か。今何処で何をしているのだろう。富士市にあった家は俺が五歳の時に引っ越した。それから義父の仕事に合わせて愛知、福島。俺はそこで家を出た。その後二、三年は年賀状など、最低限度のやり取りはあった。が、それを過ぎてからは年賀状も、電話も一度もしていない。母が何処にいるのかもわからない。まぁ、義父も母が死んだとなれば電話の一本くらい寄越すだろう。期待はできないが。  義父と呼んでいるが、父親だと思ったことなど一度もない。暴力を受けてもなお父親と慕う方がおかしい。嫌いだった。父が死んで、二年間は母と二人三脚で生きてきた。そんな中、義父はいきなり尊大な態度でズカズカと上がり込み、母を奪った。
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