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後方座席に女を乗せて車は走り出す。目の前にどっかりと構える富士山を女はどこか寂しそうな顔で見ていた。
バックミラー越しに見る女は女性というより少女といった方がいいくらい若かった。窓から入る風に綺麗な黒髪をなびかせている。降ろした髪が日の光に当たって艶やかに光る。
「あの、さっきお手洗いに行き忘れたんですが、そこ、停まってもいいですか?」
少女はこくんと頷く。無口なひとだ。まぁ、見ず知らずの男にペラペラと喋る方が問題とも言えるが。
二人で車を降りる。少女は帽子を外し、小脇に抱える。俺は足早に男子トイレへと向かった。
コーヒーを飲んだとはいえ、別にトイレに行きたくなったわけではない。Uターンして出てくる。側に自動販売機がある。俺はまたコーヒーを買った。少女には甘いカフェオレ。二つの缶を手に少女の元へと歩いた。
ベンチに座り、缶を開ける。
プシュ
この小気味いい音が俺は大好きだ。少女も同じく缶を開けて一口飲んだ。
「美味しい…。」
そう言って微笑む少女。綺麗な顔に幼さが現れる。雲がぽつりぽつりとあるだけの快晴の空。汗ばむほどの陽気だ。
「これから富士山へ行きますが、一つ聞きたいことがあります。」
俺は少女を見ずに口を開く。少女は強張った顔で俺を見ているようだった。
「何しに行くんですか?」
「だ、だから…空気を、吸いに…」
歯切れが悪く、どんどん小さくなっていく声。嘘をついているのは明白だった。
「嘘、でしょう。」
少し語気を強めてみる。男の低く嗜めるような声は少女の口を割るくらい簡単だ。
「…嘘です。」
「じゃあ、何しに行くつもりだったの?」
少女は黙った。口を固く結び、拳を握りしめている。俺は待った。少女は絶対に話してくれる。
「青木ヶ原樹海。」
少女は首を竦ませた。
青木ヶ原樹海。そこは、自殺の名所。年間2万人近くがそこで亡くなる。
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