序章 里

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「なんの仕事?」  道すがら風太郎はウダウダ歩きながら村長の後をついていく。 「薬じゃ。新たに注文が入ったわ」  この里は、いわゆる『なんでも屋』稼業で生計を立てている。  (いくさ)に駆り出されることもあれば間者や暗殺、山里で野に詳しい為、薬師となったりと手広い。  とりわけ風太郎は手先が器用で物覚えが良いことから薬を扱うことが多い。  よって基本的にはこの里から出ることはないのだが。 「めんどくさい客での。しばしその屋敷に入れ」 「は?」 「とある頭領の屋敷に入って専属になれと言っとる」 「どんぐらいの期間だよ」 「出来次第じゃろ」 「……」  ピタリと足を止め村長は振り返ると、渋い顔した風太郎を睨む。 「まさか、行かぬと申すか? 孫と言えどこれ以上おぬしを甘やかせんぞ」 「まだなんも言ってねえだろ」 「言っとるわ。なんじゃその鼻の下伸びきった顔は。いい加減タキに執着するのはやめとけ」 「オレはタキを嫁に貰う」 「あほう」  村長は一喝した。 「おぬしに嫁などいらぬわ。どんどん里のおなごを孕ませろ」 「ババアのせいでタキに『種馬』呼ばわりされたんだぞ!」 「種馬?……くくくっ面白い、その通りじゃないか」 「惚れた女に種馬呼ばわりされる気持ちがわかるか?! 全部ババアのせいだ!」 「お前はいつまでもガキじゃのう。この里の繁栄はお前にかかっとると言っておろう。おなご達もおぬしに抱かれとうて待ちくたびれとるわ」  里の生業柄、戦に駆り出されると男手が無くなる為、風太郎は里のおなごに子種を儲けるという役目を担っている。やがて村長となる身であることもだが、美丈夫な容姿は幼き頃から女達を惹き付けてやまない。しかし、数年前にタキを拾ってから、風太郎は里のおなごに見向きもしなくなってしまった。 「俺はタキさえいればいいんだ。さっさと仕事終わらせて帰ってきてやる」  そう息巻く孫に、フンと鼻を鳴らして村長は屋敷へ戻る足を進めた。
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