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次に音斗が来たのは、昼食の時だった。
何故分かったかと言うと、単純に、音斗が昼食を持って部屋に入ってきたからだ。
「朝は和食だったからお昼は洋食にしてみました~!」
太陽のように輝く表情で、朝から出したままの簡易テーブルに昼食を置く。相変わらず音斗の分はない。
「あと着替えも持ってきてみました!」
ちゃっかり手に持っていた衣服を広げて見せる。なんの変哲も無いカッターシャツだ。
暖房が程よくかかった部屋だが、配慮からなのかセーターとカーディガンまで用意してある。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。さ、食べて食べて!」
涼嘉は促されるままにスプーンを手に取った。ナイフとフォークもあるが、両手の鎖が邪魔して、かなり扱いにくそうだ。
「手錠外してほしい?」
「……まぁ」
「じゃあ明日ね」
何で今聞いたのか理解出来なかったが、漸く外してもらえると思うと気持ちが楽になった。
「蓮見くん」
なんの躊躇もなく自分を凝視してくる音斗に、急に名前を呼ばれ手を止める。
食べながらでいいよ、と音斗が笑う。
「蓮見くんさ、その顔の痣如何したの?」
涼嘉は一瞬何のことだか分からなかった。しかし直ぐにそれは脳裏に浮かんでくる。
きっと、音斗が言いたいのは、父親に殴られたときについた目の横の痣だ。
「まぁ、これは……ちょっと……」
「言いたくないんだ、わかった」
音斗は何でも聞いてくる割には、あっさりとしている。彼が何故このようなことに手を染めているのか、不思議に思うほど人柄も良い。
そして、十八歳の男子ということが怪しまれるほどの料理の腕を持っている。
黙って食べ進めていく涼嘉を、音斗は嬉しそうに見つめた。
「ねぇ何かほしいものある? 僕が買ってきてあげる」
不図そんなことを尋ねられるが、何も思いつかなかった。必要なものなど、特に無い。
強いて言うなら、
「あの……お風呂に入りたいです……」
それくらいだ。音斗は思い出したように『あ~!』と口を開ける。
「そうだね、入ってなかったよね。ごめんごめん」
入らせる気がないわけじゃなかった。
涼嘉は安堵し、胸を撫で下ろした。
しかし疑問は雨のように降り続いている。
何故、音斗やアルは自分にこんなにも優しくするのだろう。標的に個室や食事まで与え、必要以上の環境を整えてくれる。
不可解になりながらも、涼嘉はその現実を密かに受け入れ始めていた。
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