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そのころ既に二十歳になっていた涼嘉は、親や親戚には内緒で、二度目の引越しの手続きをしていた。
計画は上手く行き、実家からは遠く離れた家賃の安い住宅に引っ越した。
携帯に掛かってくる電話は全て無視し、なるべく外にも出ないようにする。
その行動は、根付いてしまった恐怖から身を守るための正当防衛だった。
ただそれにも限界があるわけで、一週間経つ頃には冷蔵庫の中は空っぽになっていた。
生きている意味が此れといってあるわけではない。しかし餓死は少々頂けない。
涼嘉は部屋の隅にかけてあったコートを羽織り、家を出た。
十一月一三日。時刻は午後三時。路面から湧き上がる冷気が爪先を凍らせる。
涼嘉は何時しか恐れるようになっていた人目を避けるように、裏道に入った。
今日は二週間分くらいは買っておこう。
こんなに寒いのだから買い溜めしても問題ないだろう。
手軽に食べれるものもいくつか購入しなければ。
あとは何か必要なものはあったかな。
スーパーに行くまでの間、色々と考える。思い出しながら、スーパーに行く前にその直ぐ隣の家電屋に行こう、と一人経路を決める。
辺りは静まり返っていた。一番近いスーパーに向かっていたが徒歩だとやはり距離がある。
変に怪しまれないために、自転車を実家付近の住宅に置いていった事が、今更悔やまれる。
体力が落ちているのか、段々とその足取りも鈍くなってきた。
それよりも、ひとつ気になることがある。
先程から背後に僅かながら気配を感じる。
涼嘉は横目で後ろを確認しようと試みるが、当然上手くは行かずその気配を探す事は出来ない。
だが、勇ましく振り向けるほどの勇気もない。
気配は、明らかに自分の視界から姿を消している。それがまた恐怖へと繋がっているのだ。
涼嘉は湧き上がる恐怖感に、父親の姿を重ねた。
堪らなくなって、爪先を弾き駆け出す。それと同時に気配が一気に近付いた。
その影を振り払おうとしたが、既に遅かった。
口元に宛がわれたハンカチによって、意識が奪われていく。
霞んでいく視界には、嫌気が差すほどに明るい、高くなった冬の空があった。
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