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【1日目】
奇妙なほどに快適な生活と、友好的な犯人に、涼嘉は若干ではあるが戸惑っていた。
カーテン越しに朝日が顔を出して、部屋には柔らかな光が降り注いだ。
部屋の環境の良さが、かえってその怪しさを際立てているのか、涼嘉は一睡も出来ずに朝を迎えた。
自宅でいつもそうしていたように、上体を起こす。
四肢の先から、鎖の音が聞こえる。
枷から伸びる鎖が随分と長いおかげで何とか身動きを取れるようになったが、両手足が繋がれているため、動き辛いことに変わりは無かった。
「蓮見くんおはよ~!」
タイミングを窺っていたように部屋に入ってきたのは、音斗という青年だった。
昨日知り合ったばかりとは思えない、とても馴れ馴れしい態度である。
「ご飯いつも何時に食べてるー? 蓮見くんに合わせて作るから~」
「いえ……お構いなく」
「駄目だよー蓮見くんは大切にしてってアルさんに言われてるんだから」
命令か、と少し厭きれつつもその上辺の優しさに感謝する。
「私はいつも六時頃に食べていました」
「えーと?」
音斗は自分の持っているスマートフォンで時間を確認した。現在、五時半。
「おっ作らなきゃ! ちょっと待ってて!」
涼嘉が何か返事をする前に、音斗は走り去っていった。
出会って日が浅いどころか、一日も経っていないが、音斗がせっかちな人間だということは、少し分かった気がした。
話し相手がいないのには慣れていたが、見知らぬ部屋に放置されると、何時にもまして退屈だった。
監禁という状況を自己申告したにも関わらず、携帯は同じ部屋の机に置かれていて、おまけに充電器をさしたままだ。
何て無防備なんだろう、と思ったが涼嘉は何処にも連絡をいれなかった。
今更助けを求める相手もいない。
戻れば待っているのは地獄だ。
到底帰りたいとは思えなかった。
六時になる、ちょうど五分前に音斗が大慌てで部屋に入ってきた。
一人分の朝食を持っている。
「蓮見くん、どうぞ」
音斗は棚の隙間から小さな組み立て式のテーブルを引き摺りだしてきて、ベッドの近くに設置した。
涼嘉が座ったことを確認して、向かい側に音斗が座る。
「どうぞ」
そう復唱した音斗の前に、朝食が置かれていない。涼嘉は箸をとるのを躊躇った。
「どうしたの?」
「中司さん」
「音斗でいいよー」
ずいぶんと暢気に返事をする。この手足の鎖が無ければ、自分が監禁されているという自覚を見失いそうなほどだ。
「……音斗さんの朝食は……」
「あぁ、あとでアルさんと食べるよ。心配してくれてありがとー」
音斗はそれだけ言うと、じっと涼嘉を見つめた。急かされている気分になる。実際音斗も、朝食の開始を催促していた。
「……いただきます」
手首に繋がれた鎖で、御椀が倒れないように配慮しながら食べる。
ちなみに鎖は、簡易ながらも確りとした鍵付きで、自分では取り外せないのだ。
朝食に苦戦する涼嘉を、音斗は楽しそうに鼻歌を歌いながら見つめている。
鎖よりも視線が気になって、とてもではないが食べられない。
「鎖邪魔? 食べさせてあげようか?」
「遠慮しておきます……」
音斗の申し出を断り、器用に食事を続行する。
彼が拵えた朝食は、やけに美味しい。短時間で作ったわりには、味がしっかりしている。レトルト食品ばかりを食べていた涼嘉は、それが手料理だとすぐに分かった。
「おいしい?」
「……はい」
音斗は視線と言葉を浴びせながら、涼嘉の朝食の一部始終を見届けた。
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