【第一話】

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【第一話】

 騒々しい居酒屋で、秒針の音だけが聞こえている。  周囲を瞥見すると大半が酔い潰れており、素面の時では考えられないような醜態や火照り顔を晒していた。  そろそろ頃合だろう。  戸嶋(としま)朝陽(あさひ)は僅かに残っていたビールを飲み干すと、徐に立ち上がった。 「ごめん、俺そろそろ帰るよ」 「え? もう一軒行こうぜ~」 「行くわけないだろ。……真二、こいつの事頼んでいいか?」  いつも飲みに行くメンバーの中では専ら酒に強い真二が、朝陽の頼みを快諾する。 「それにしても何だよ、用事か?」 「いや、何もないけど家で恋人が待ってるんだ」  酒気を感じさせない爽やかな笑顔で答えてみせると、真二は厭きれた様に口角を吊り上げた。 「全く、羨ましい限りだねー」 「まぁね。それじゃ!」  先に支払いを済ませ、朝陽は羨望の声を背中に浴びながら足早に居酒屋を出た。  腕時計は午前5時を指していた。あたりは静寂に包まれ、夜明けの空には薄らと星が浮かんでいる。  友人と過ごす時間は無駄以外の何でもないが、社会的な体裁を守るためには付き合わざるを得なかった。  随分と帰りが遅くなってしまった。  今から徒歩で帰るのだから、帰宅するのはさらに15分あとになる。  飲み会は約3時間にも及んだ。その3時間があれば、どれだけ愛しい人と愛し合えただろうか。  考えれば考えるほど苛立ちが募る。それに比例するように歩幅は広くなり、速度が増した。
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