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自宅が見えてきた。木造アパートの一階である。
家賃は安いが風呂もトイレも完備されており、二人で生活するのに十分な広さもあった。
シリンダー錠に鍵を挿し、ゆっくりと開閉する。
「ただいまー……」
まだ寝ているのか、はたまた聞こえていないのか返事は無い。
近所への配慮から、声を最小にしているのも原因の一つかもしれない。
朝陽は自室の戸を開けた。
暗がりの中、足元で衣の擦れる音がする。
「あれ、衣知起きてたんだ」
感覚的にスイッチを探し電気を付けると、朝陽の恋人である衣知が身体をくの字に曲げて横たわっていた。
衣知は今にも泣き出しそうな目で朝陽を見据え、虫のように身体を蠢かせている。
それも無理はないだろう。
――――彼は今、両手足の自由をガムテープというチープな道具で拘束されているのだから。
「大きい声出さないって約束してくれたらそれとってあげるよ。……まだご近所さん寝てるからさ」
衣知は一度だけ、深く頷いた。
こんな状況下ではあるが、恐らく衣知は約束を破ったりはしない。彼はそういう人間なのだ。
口元を覆っていたガムテープをゆっくり剥がすと、衣知が薄く唇を開いた。
「これやったのって朝陽……?」
「うん」
「……なんでこんなことすんの……」
「なんでって?」
衣知は目を瞠った。その表情が何を暗示しているのか、皆目分からない。
4年間、ずっと待ち焦がれていた恋人との同棲生活が昨日、漸く幕を開けたのだ。やっと救えることの出来た“彼”を意地でも手放すわけにはいかなかった。
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