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――――事の始まりはほんの数時間前。
高校時代からの友人である衣知とは住居地が近く、互いが時々遊びにいく仲だ。
そんな衣知が昨夜、突然転がり込んできた。
理由は単純で、貯金が底を尽き、家賃を払えなくなった、ということだった。
「……でも何で俺ン家?」
訊ねると、衣知は苦笑しながら米神を掻いた。
「まぁこのへんに住んでるやつがお前しかいないのと……それと、……朝陽だったらさ、泊めてくれると思ったんだ」
まさか住居を追い出されるとは衣知本人も想定していなかったのだろう。それは、彼の勤務先が近場であることが証明している。
「此処からだったらバイトも行けるし……飯は自分で何とかするからさ! 寝るところだけ貸してもらえないかな……?」
神が味方をしてくれたのだ、と思った。
拒否する理由など何処にもない。迷わずに快諾した。
「衣知が俺を頼りにしてくれるなんて、なんか嬉しいな」
最低限の荷物を部屋の隅に置いて、衣知がカーペットに腰を下ろす。
やはり後ろめたさがあるのか、とてもリラックスしているようには見えなかった。
二人分の緑茶を運び、向かい側に座る。
「えっ、なんかごめん……そんな気遣わなくてもいいのに。朝陽夜仕事だろ? 来といて何だよって感じだろうけど……俺のことはほっといてくれていいから」
「何だよ今更、いいよそんなの。とりあえずこれ飲んであとのことはそれから考えればいいさ」
「……ありがとう……」
衣知は緑茶を啜った。朝陽は時計を見遣り、衣知の様子を観察した。
「ねぇ衣知」
「ん?」
「俺がお前の事好きなんて言ったらびっくりする?」
敢えて顔色一つ変えずに言ってみる。衣知の動きがぴたりと止まった。しかしすぐに砕けた笑顔を見せる。
「やめろよ、普通にびびった。意味わかんねぇ」
「ごめん。でも俺のこと選んでくれて嬉しかった」
「なにそれ、……言い方可笑しいだろ」
一笑して、もう一度緑茶を口に含む。
そろそろ効いてくる頃だろう。
さり気無く衣知の表情を瞥見すると、彼の瞼が力なく閉じかけていた。
「……疲れてるんじゃないの? ちょっと寝る?」
「いや……それは……申し訳ないし……」
言葉尻を言い終える前に、衣知が机に伏せる。限界まで耐えていたようだが、次第に寝息が聞こえてきた。
「本当に即効薬なんだな」
朝陽は睡眠薬のパッケージを感心したように見つめた。
衣知は俺を選んだ。その時点で既に、恋人関係は成立している。
徐に立ち上がると、鼻歌を歌いながらガムテープを切り分けた。
待ち焦がれていた、同棲生活の始まりだ。
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