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【第三話】
シーフード味のカップラーメン、えびグラタン、冷凍食品の大粒たこ焼き。
衣知が好んで食べていたものを想起しながら、ひとつひとつカゴに入れた。
彼との同棲生活に必要なものは、これで全てだろうか。
メモを見ながら、確認する。
特に大きな買い物をしたわけではないが、必要物を揃えていったら、そこそこの出費になってしまった。
愛する恋人のためなら、痛くも痒くもないのだが。
朝陽は満足げに店を出ると、足早に家路に着いた。
家に恋人が待っている生活は、予想以上に心が躍るものだった。“そこに居る”という事実だけでも、口元が緩んでしまう。
心漫ろに廊下を渡り、衣知が待つ自室のドアを開ける。
と同時に、足元でドンと鈍い音がした。
「……うっ……」
落とした視界には、鈍痛に悶える衣知の姿がある。
「衣知? 何でこんなところにいるの? 床は痛いと思って、俺のベッドに寝かせてあげたのに……」
部屋を見回すと、衣知が寝台から落下した形跡があった。
自ら這い出た事は明らかだ。ずれた毛布やカーペットの擦れた跡。それを見ればすぐに分かる。
恐らく、彼はキッチンかトイレに行こうとしていたのだろう。
「朝ごはん殆ど食べてなかったからお腹空いたのか。それともトイレに行きたい?」
しゃがんで問い掛けると、衣知は殺気の篭った目で朝陽を睨んだ。強がる彼は、まだ飼い慣らされていないペットのようだ。理想の恋人に仕上げるには、まだまだ時間が掛かりそうだった。
「それより衣知、衣知の好きなものたくさん買ってきたよ! それに、衣知がずっと動けないのは可哀想だからこれも」
鼻歌を歌いながら、キュートなパッケージの紙袋からそれを取り出す。衣知は驚くあまり、表情を凍らせた。
「これ犬用だけど、サイズはぴったりだと思うんだよ」
「やめろ……!」
「逃げるなよ衣知、きっと似合うから」
手足を縛られた衣知が首輪から逃げ回る姿は実に滑稽で、拒絶する事で誘っているようにしか見えない。実際、そうなのだ。彼は首輪をつけてほしくて仕方が無い。それが行動によく現れている。
衣知をうつ伏せに転がすと、徐にその背中に跨った。
「やめ……っ!くっ……」
衣知が咳き込む。少しきつめに首輪をつけたので、暴れた時に気道が塞がったのだろう。
しかし、衣知に自身の所有者が誰なのかを分からせるためには、そうしなければならなかった。
それが更生への第一歩でもあるのだ。
恋人とは、絶対的な存在である。
本気で愛しているからこそ、朝陽はそう思っていた。
お互いが絶対的な存在なのだから、多少強引でも傍に置いておくのは当然の事なのだ。
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