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ひそかから帰宅すると、いつも理士の事で頭がいっぱいになってしまう。普段のそれは、空腹の腹を満たしたときのような幸福感に似ているのだが、今日は違った。
心臓の圧迫感に加え、息苦しさも感じる。
――――彼を好きだという気持ちが、身も心も支配している。
何かに取り憑かれたように、静真はスマートフォンのキーボードを叩いた。
[桐ヶ谷さん、お疲れ様です。夜遅くにすみません。今日は僕を気遣ってくださり、本当に有り難うございました。
すごく嬉しかったです。
突然なのですが、今日は言いたいことがあってメールさせていただきました。
このタイミングで、しかもこんな形で伝えるのは申し訳ないんですけど、今伝えなきゃいけない気がしたので言わせてください。
僕は桐ケ谷さんのことが好きです。
客と店員という立場なのは分かっています。だけど、この気持ちは止められませんでした。
僕と付き合ってくれませんか?]
メールの着信音が鳴り響いた。23時の静寂に似合わない、軽快なメロディーだ。
理士はスマートフォンを手に取ったが、それは自身の激しい震えにより手の中を擦り抜けてしまった。
一息吐いて、拾い上げる。画面には“静真くん”の文字があり、その名前が全身の緊張を解していくのが分かった。
しかし送られてきた文面が、再度理士の困惑を誘発する。
「えっ……!? うそ……」
それは明らかに、愛の告白だった。
最後の一行でそうだと確信し、混沌とする思考を巡らせる。
このタイミングで送られてくる彼からのメッセージには、恐怖すら覚えた。
同時に、これも何かの巡り合わせかもしれない、とも思えた。
仄暗い廊下を渡り、別室のドアの前に立つ。呼吸を整え、ゆっくりとドアを開けた理士は、整然としたベッドに目を据えた。
[静真君、メールありがとう。
明日20時にバイトが終わるんだけど、そのあと会えないかな?
ちゃんと返事がしたいんだ]
理士から返信が来たのは、静真がメールを送った30分後のことだった。
静真にとってその30分間はまるで24時間のようで、緊張と僅かな後悔に、体力を奪われていた。
理士への恋情は本物だが、肝心の告白は、衝動に任せてしまった。それに気が付いたのが送信の約5分後だったため、どうすることも出来なかったのだ。
どちらともつかない理士からの返事に、最悪な想定が膨らむ。
だが、心の片隅には喜んでいる自分もいた。
返事が如何であれ、理士が貴重な時間を割こうとしてくれているのは確かだ。その事実が、さらに恋心を加速させた。
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