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【第1話】
母親の葬儀を終えた香月澄晴は、参列者に挨拶をして見送ると、誰も居なくなった斎場で、遺影を見つめた。
小さな枠の中で微笑を浮かべる母親との思い出が、走馬灯の如く駆け巡る。澄晴はその頬に触れるように、そっと指先を伸ばした。
「澄晴、まだここに居たの?」
背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこには澄晴と同様、確りと喪服を着こなした、橘奏が立っていた。
「……あぁ、ごめんね。まだちょっとやることがあるからもう少しここに居るよ」
「そう……」
「奏は先に帰ってても良いよ」
「ううん、待ってる」
奏は澄晴の邪魔にならぬよう、隅に移動し、壁に寄り掛かった。
――――奏は小学校からの友人だ。出会ったのは彼が一年生、そして澄晴が二年生の春のことだった。
その頃の奏は驚くほどにひ弱で、酷く痩せていたことが幼いながらも衝撃的だったのを、今でも鮮明に覚えている。
しかし今となっては、彼ももう立派な大人だ。寧ろその容姿は、年上の澄晴よりも遥かに品があって、外見から受け取る印象に、消極的な要素は一切無いと思われる。
色素の薄い栗色の髪は艶やかで、程好い筋肉とスラッとしたバランスの良い長身は、同性の澄晴から見ても、憧れの対象である。
一方澄晴は、どちらかと言えば平凡で、あまり目立つタイプではなかった。
そんな彼を、奏は何故か特別視しており、知り合った頃から、澄晴の傍を片時も離れる事は無かった。
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