【第21話】

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【第21話】

 居酒屋を退職した。とても現場に行く事は出来ずに、電話でそう伝えた。その手段が今の澄晴にとっては精一杯だったのだ。  また落ち着いたら給料を取りに来い、と言う冷たい声が頭から離れない。  会社には暫く休むという連絡を入れた。それは良心の呵責に耐えるという選択肢でもある。部長の優しい対応が心苦しかった。  誠にも奏にも巡流の訃報を伝えた。嫌になるほどさっぱりとした、感情のない文章である。 『今は誰にも会う気になれないので、そっとしておいてくれたら嬉しいです。』  文末にそう記載した。  普段ならメールがすぐに返ってくる時間帯であったが、今回ばかりは二人とも戸惑っているのか、何分待っても返信は来なかった。  ベッドに凭れ掛かって、窓の外を見つめる。痺れるような鈍痛が残った目には、少々厳しいほどの眩しさが一面に広がっている。  巡流が死んで一日目の今日は、まるで何年間も自堕落な生活を送っているような倦怠感があった。  あれだけ泣いたのにも関わらず、未だに夢だという思考を捨てていない自分に厭きれる。  脳内がふわふわとしているのも、自分の体が妙に軽く感じるのも、全て夢の所為なのではないか。そう思うのだ。  後ろを振り返ればまだ巡流が居て、癖のようにその頭を撫でる。そうすれば巡流は相好を崩し、澄晴は未来へと思いを馳せる。  例え願いが叶わなくとも、ただそれだけで良かったのかもしれない。  欲張りすぎたのかな、と目を細める。  ――――あの世があるのだとしたら、今頃巡流は、母親や祖父母と笑い合っているだろうか。昔のように元気に走り回っているだろうか。  もしそうならば、自分も混ぜてほしい。そこに明るい未来があるのならば、今すぐに、その元へ行きたい。
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