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気が付けば澄晴は無我夢中で走っていた。
誠が結婚し、新しい住居に移行した際、一度だけ足を踏み入れた彼の家に息せき切って向かった。
二年前の記憶が、混乱している所為かぼやけている。不確かな地図を辿りながら、脳裏に残っている建物を目印に前進する。
「……あった……!」
見覚えのある一軒家の前で立ち止まり、表札を確認すると、そこには『小鳥遊』の文字があった。
呼び鈴を押すが、反応は無い。仕事だろうか、とあたりを見回したが、駐車場に車が停めてあったのでその可能性は低いと判断した。
「……誠! 僕だよ……!」
声を張り上げてみるが、声量が不十分なのか相変わらず静かなままだ。
思い切ってドアノブに手を掛けると、意外にも軽い力で動き、小さく軋む音がした。鍵が空いている。如何やら家に居る際には鍵を掛けないという習慣は、今も変わっていないらしい。
「……お邪魔します……」
勝手に入って良いものかと迷ったが、たしか誠の妻は現在病院で療養中とのことだ。よって、自宅に居るのは誠一人だろう。彼なら許してくれるはずだ。絶対的な信頼を胸に、玄関に上がり込む。
しかし居間を覗き込んだ瞬間、目の前に広がっていた光景に澄晴は目を疑った。
「……まこ…………と……?」
宙にぶら下がった状態でゆらりと揺れる誠の顔を覗き込む。
締め上げられた首から上の顔面にあたる部分は見るに耐えないものになっており、思わず尻餅をつく。
状況の把握に時間が掛かった。ただ呆然として、目線の高い位置で脱力する誠を凝視する。
原型を忘れてしまうほどの顔が脳裏に沁みる。彼は誠じゃない、と心が訴えかけている。
だが今のこの状況が現実であるという事は明白で、澄晴は次第にその事実を受け入れていった。
全身が震え出し、どうしようもない不安に駆られる。
「だ、誰か……! 誰か……!!」
必死に叫び、救助を要請する。玄関のほうから、足音が聞こえた。その足音が澄晴の元に到達する前に、また視界が濃い闇に包まれた。
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