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――――多分、夢を見ている。
大袈裟かもしれないが、恐らく母親が死んだときからこの夢は始まっている。きっと、長い長い、悪夢なのだ。
夢を見ているとしたら、全ての辻褄が合う。
もし覚める事が出来たら母親と食事を作り、洗濯物を畳み、巡流に挨拶をしてから仕事に行かなければ。
仕事に没頭し、昼休みには大好きなココアを飲みながら、屋上のそよ風を浴びる。
帰路で枯葉を踏み、タイムセールを目掛けてスーパーに立ち寄り、帰宅して夕食を作ったら、それを家族と共に食す。
休日には奏や誠と街に出かけ、久しく娯楽を楽しむ。意味の無い事に笑い、くだらない事で泣く。
机上には豪華な食事が並ぶ。母親の手料理は、五つ星の高級料理店をも越える、格別の美味しさだ。
給料日の翌日は家族で外食をして、ショッピングをして、時々映画館や水族館などに出かける。
忙しいような、それでいて有意義な有り触れた毎日を、何も変化のない日常を送る。ただ同じレールに乗り続け、繰り返していく。
ひたすらに回り続ける日々の中に落とされた母親の涙を、弱音を、何一つ知らなかった。
それでも、皆が幸せそうな笑みを浮かべている。不完全な幸福に満足していたのは、確かだったのだ。
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