【第21話】

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 奏が名前を呼んでいる。力の抜けた手を握る。目尻から伝って落ちた熱い雫を、指先で拭う。 「……澄晴、おはよう」  囁くような声が聞こえ、澄晴はゆっくりと瞼を上げた。  見覚えこそあるものの、目の前に広がっている天井が自宅のものでない事は直ぐに分かった。  霞む視界には、スタンドから垂れ下がっているいくつもの点滴袋が見える。口元には酸素マスクが施され、鎖骨付近にも冷たい針の感覚があった。  澄晴は横になったまま、首を巡らせた。 「……奏……」  少し篭った声に、奏は優しい笑みを零す。 「……よかったよ澄晴」  澄晴の右手を両手で包み込み、屈み込んだ奏はそれを目頭につけて何度も同じ言葉を繰り返した。  彼の口振りからすると、自分は随分と長い間眠っていたようだ。  ようやく悪夢は終わった。そう思った。 「……帰らなきゃ……」  無意識に呟いて起き上がろうとするが、体が動かない。点滴の管が揺れて、食い込んでいる針の部分に疼痛が走っただけだった。 「澄晴まだ起きちゃ駄目だよ……! ちょっと待ってて、先生呼んでくるから……」 「でも巡流が……! 巡流が家にいるから帰らなきゃ……!」  酸素マスクを剥ぎ取り、再度上体を起こす。鉛のように重い身体を動かせたのは、自分でも抑制の利かない意思だけだ。  奏が必死になる澄晴の肩を掴む。表情が歪んでいる。険しい目つきだが、哀調が垣間見える。  その瞳を見て、全てを悟った。  夢じゃなかった。母親の死も、祖父母の死も、巡流の死も、誠も死も、全部。  左手で目を覆う。感情が昂り、嗚咽が慟哭へと変わる。個室ではない事を忘れ、男としてのプライドも、体裁も捨てて嘆いた。  頭を引き寄せられ、そのまま奏の肩に唇を埋める。背中を何度も摩られ、止め処なく溢れる涙を拭う事も無く流し続けた。
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