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【第22話】
二週間の入院生活を終えて、澄晴は家に戻った。巡流の部屋のドアは帰宅した時には閉まっており、現在もその状態で放置している。その部屋には文房具やDVDの集まったデスクがあるのだが、とても入る気にはなれなかった。
よって澄晴の行動範囲はそれ以外の部屋とキッチン、そして居間のみとなっている。
なかなか仕事に復帰できずにいる澄晴を、会社の仲間たちはメールなどで激励した。相変わらず素直に喜べない自分に立腹する気持ちと、今はそれでいいのかもしれないという安堵の気持ちが、相半ばしている。
発作は習慣化していたが、一度退院してしまったことにより、澄晴は病院に行く気力を失っていた。
まるで生ける屍だ。
家に戻るなり立て掛けてあった写真は全て伏せたので、自宅は殺風景さと、生活感の無さを極めている。
澄晴は椅子に腰を落とし、息苦しいほどにゆっくりと流れていった二週間を振り返った。
事件の全貌を知ってからはすっかり意気消沈してしまい、巡流の葬式にさえ手をつけられなかった。
参列者もいないとのことで、結局は役所に頼み、直葬という呆気ない終わり方にしてしまった事を今更口惜しく思う。
あれから奏とも、悠輝とも会っていない。そもそも、人と接触していない。
メールが来ても返信をしていないことや、呼び鈴が聞こえても居留守を使っている事が原因であることは明確だ。
生きる気力どころか意味すらないのに、生に執着しているという実感が煩わしくて堪らない。いっそのこと、自分でも制御が利かないような激情に駆られ、無心で命を投げ出す事が出来たらいい。そうすれば周囲にも迷惑が掛からず、自分も楽になれるだろう。
だがいくら考えても、実行出来ないのなら無駄だ。時間の浪費だ。
もう、存在意義が分からない。
ただ呆然としながら、白い壁を見つめる。皮肉にも、その白さに反映するように、愛する家族との思い出が映し出される。映画のようだった。
涙が頬を濡らし、続けざまに机上に落ちる。どうする事も出来ない感情が、心を弄ぶ。孤独な部屋の中、項垂れて嗚咽した。
こんなことになるなら、初めから幸せなど知らなければよかった。
それは静寂に満ちた空間に、ポツリと落ちた言葉だった。
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