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台所に佇み、闇の中で黒光りする包丁を凝視する。奏はそれを手に取り、薄く唇を開いた。
「なんで……、なんでまだ大丈夫だなんて言うんだよ澄晴……」
本人の前では言えなかった言葉が、自然と零れだしてくる。
脳内が抑えられない欲望で煮え立っているように、不愉快な頭痛が奏を襲う。
「……澄晴は優しすぎるよ……」
そう言った自分の顔が、研磨された包丁に映し出される。怒気を含んでいるのにも関わらず、口元には仄かな笑みが乗っているという我ながら可笑しな顔だった。
もう一度、澄晴の名前を口にしてみる。
長年閉じ込められている感情が騒ぎ立っているのが、手に取るように分かった。
こんなにも苦しいのはきっと、全部彼の所為だ。
皮肉めいた答えしか出ない事に厭きれる。
奏は火照った身体を覚ますため、コップいっぱいの冷水を呷った。
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