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「……小母さん残念だったね」
帰り道、澄晴の右隣を歩く奏が、悲しそうに呟いた。
母親の死因は脳梗塞だった。キッチンで倒れている所を澄晴が発見し、すぐに救急車で運ばれたのだが、搬送先の病院で死亡が確認された。
あまりにも突然の出来事だったため、当然ショックを隠しきれなかった。
そしてそれは、奏も同じだ。
小学生から澄晴と付き合いがあった奏は、彼の母親によく世話になっていた。
ゆえに、今回の訃報には酷く心を痛めた。
しかし、今一番辛いのは澄晴本人だ。
女手ひとつで自分たちを育ててくれた母親を澄晴が愛慕していたのは、奏もよく知っている。
そんな彼が両親を失った今、奏には一つの心配事があった。
「……巡流くんは……? 大丈夫?」
「巡流は……うん、多分大丈夫だよ。お母さんのこと分かってるかも怪しかったし」
澄晴が苦笑する。
巡流は四つ歳の離れた澄晴の弟で、とある事情により今回の葬式には参加していなかった。
「澄晴、本当に巡流くんと暮らしていくつもりなの?」
「うん、お婆ちゃんとお爺ちゃんが一緒に暮らさないかって声をかけてくれたんだけど……もう二人とも歳だし迷惑掛けちゃうから断ったよ」
「そっか……」
実際、澄晴の祖父母は双方が七十代と高齢だった。
個々が活気に溢れていて若々しく、まだ自分で車を運転出来るほどだが、それでも、巡流に対する母親の苦労を目の当たりにしていた所為か、祖父母に頼る気にはなれなかった。
彼のその心意は奏もよく理解しているため、敢えて、彼の意見に口出しはしなかった。
「……これから大変だろうから、何かあったら何時でも言ってね。出来る事は何でもするから」
そう言って澄晴の肩に手を置くと、彼は一笑した。
「ありがとう、頼りにしてるよ」
夕日を背負った澄晴の微笑が、胸に沁みる。何処か憂いを帯びたような目が、彼の心の奥底を悟らせている気がした。
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