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「……おい、起きろ」
肩を揺すられ、起床する。
昇良に抱かれた夜はいつも疲弊していて、シャワーも浴びずに眠ってしまう。
体液や潤滑油は乾いてはいるものの、不快感はべっとりと体に貼り付いている。
上体を起こしたまま呆然としていると、突然か細い腕を掴まれた。
「どけ、布団洗うから」
「は、はい……」
何とか立ち上がっても、たったの一歩が踏み出せない。朔斗が立ち尽くしている間にも、既にシャワーと着替えを済ませていた昇良が造作無い様子で掛け布団を抱える。
薄い染みがいくつも付いたシーツに、一際目立つ跡を見つける。その瞬間全身に悪寒が駆け抜けた。
あれは、間違いなく――――血痕だ。
自分の体は一体どうなってしまっているんだ。
恐怖にたじろぐ朔斗に舌打ちをし、昇良がゆっくりと近付いた。背丈に大差は無いのに、彼の奇妙な威圧感に、畏縮してしまう。
昇良は溜め息を吐き、朔斗の足元に落ちていた服を拾い上げた。
「何突っ立ってんだ、さっさとシャワー浴びてこいよ」
服を受け取り、逃げるように寝室を出る。
真っ直ぐに歩く事が出来ない足を引き摺り、壁を伝って浴室に向かった。
知識の中にあった“監禁生活”との相違は、清潔を保つ事を許されている点だろう。
小汚い場所で、家畜のような生活を強いられているわけではない。
しかし、これは優しさや情けではない。
不潔な人間との性行為は望まない、昇良のエゴイズムだ。
何時かに、本人に直接言われた事がある。
『体だけは綺麗にしとけよ』と。
――――不快感を消す為に入念に洗った体を、また汚される。そんな悪循環はいつまで繰り返されるのだろうか。
ボディソープを落とし、恐る恐る鏡を見てみる。
首周りには、グロテスクなキスマークと歯型がくっきりと残っている。鬱血した創痕は、朔斗の中の屈辱感をさらに色濃くした。
熱い水滴が、足元に落ちた。
ここに来てから、泣いてばかりだ。
恐怖と、それに打ち勝つ事が出来ない口惜しさに、勝手に涙が溢れ出してくるのだ。
男に抱かれる僕は、惨めだ、滑稽だ。
気が付けば、しゃがみ込んで項垂れていた。この涙を、誰かに晒したくはない。
朔斗はもう一度シャワーの蛇口を捻って、勢いよく降り注ぐ湯の中で嗚咽した。
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