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この日、フランソワは市場で野菜を売っていた。朝は道で石炭を売り、昼はここで野菜を売る。そして夜は遅くまで工場で働き、くたくたになりながら帰宅する。
フランソワが野菜を売っている姿を目にするやいなや、民たちはフランソワの元へいちいち立ち寄り、婚約破棄の話題をふる。
この間の集会場において婚約破棄の発表はなされたものの、理由は話されていなかったからだ。しかしながら、フランソワはその理由をアリアス家以外の人間に口外する事を、固く禁じられていたので、丁重に断るしかなかった。
「おまえさん、なんで婚約破棄したんだい?」
「すいません、言えないんです」
「あっ、奥さま。あなたどうして婚約破棄されたのかしら?」
「すいません、言えないんです」
中には失礼な言葉を浴びせる者もいた。それでもフランソワは、すいません、言えないんですと、ロボットのように対応するしかなかった。
「あっフランソワさん、なんで婚約破棄されたの?」
「すいません、言えないんです」
「あぁ?言えないだぁ?ふざけんのか!」
「すいません……」
「野菜なんか、誰が買うんだよバーカ!」
そういうや否や、この男性はフランソワを突き飛ばした。すると、手に持っていた野菜の入れ物はひっくり返る。これでは売り物にならない。なぜ、王子の妻ではなくなっただけで、このように扱いに差が出るのか、フランソワには理解出来なかった。同じ人間ではないのか、と。
まったく、モラルの無い人間もいるものだ。
しかし、少なくはなかった。その後、何度も何度もフランソワは心ない人間に妨害を受けた。
夜になり野菜売りの仕事が終わると、店の主人に呼び出された。
「フランソワ。お前に乱暴するやつらのせいで、うちの売り物が大分無駄になっちまった。
これじゃ利益が出ねえ。すまねえが、明日からはヨソで働いてくれ」
「わ、分かりました。申し訳ありませんでした。お世話になりました」
ひとつ、職を失ってしまった。こんな状態で家計を賄えるのかと不安になったが、店主が悪い訳では勿論ないので、責めることは出来ない。
あまりのやるせなさに、帰り道、自然と涙が出て来た。
これから自分はどうしたらいいのだろうか。
宮殿に残っていたら、こんな思いはせずに済んだのだろうか………。
考えれば考えるほど涙がじわじわと流れでてくるが、家に着くまでには顔を乾かさないと、母親を心配することになる。
泣きやまないと。泣きやまないと。
楽しいことでも考えたら良いのだろうか。
そんなことを考えていると、後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
振り返ると、それは見覚えのある顔だった。
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