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「では、何故兄と母は、指輪をあなたに盗まれたなどと嘘をついたのでしょう?」
「ごめんなさい、それは言えないんです…」
「何故です?」
「そ、そういう約束としか……」
「うーん…」
言葉に詰まった。お互いに。
ロイドは鋭い眼光でフランソワを見つめる。
どうやら、ロイドの頭の中ではめまぐるしく思考が巡っているようだ。
沈黙の時間が流れる。5分、10分……。
結局何も話さないで座っているだけならば、こんな豪華なレストランにいかずに、少しでも金を稼ぐことに時間を使いたい、というのがフランソワの本心であったが、勿論、そんな事は口が裂けても言えない。
10分、15分、と重苦しい空気が流れ、フランソワも多少苛つき始めた頃、ようやくロイドは口を開いた。
「分かりました。フランソワさんもお忙しいようなので、今日は諦めます。お忙しい中、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、どうもご馳走さまでした」
お互いはしっかりと挨拶をし、別れた。
フランソワはその後仕事に戻ったが、ロイドの言った「今日のところは」という言葉が、心の中で妙に引っかかっていた。
家に帰り、ナタリーにこの事を話すと、宮殿の事を思い出したのか、またほろほろと涙を流した。ああ、言わなきゃ良かったと、フランソワは後悔の念に駆られた。
アリアス家の事は、もう口に出さないようにしようと思った。正直なところ、もう婚約破棄の事は忘れたかった。
あまり態度には出さなかったが、フランソワ自身もあの件については深く傷ついていた。
ドリスの事を心から信頼していたし、愛し合う事が出来ていると信じきっていたからだ。
はっきり言って、ルビーの指輪など盗んでいないし、そもそもアリアス一族の伝統自体、知らなかったのだ。とても悔しかった。
きっと政治的な理由があるに違いないが、それを暴くには経済力も地位も体力も必要であり、フランソワにはそれらのうちのいずれも有していなかった。それだけ、フランソワとナタリーの生活には余裕がなかったという事である。
でももし、ドリスの弟、ロイドが自分のために真相を暴露してくれるというのなら、何か、自分にとって納得の行く結果になるかも知れない。
しかし、ロイドは先ほど自分でも言っていたように、ドリスの弟として真相を知りたいだけなのだ。そんなロイドに変なことを吹き込んだ日には、アリアス国王夫妻に伝わり、社会的に抹殺されかねないので、変な気は起こさない方が良いに違いない。
だから、ロイドの訪問は、現状、正直言って迷惑だった。
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