第3話 人気者のお手本みたい

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 久我の後に続いて乗り込んだエレベーターの行き先階は、地下1階を示している。  降りるとそこは地下駐車場で、湿気と埃っぽい匂いに玲旺は顔をしかめた。 薄暗い通路に、コツコツと二人の足音が響く。  玲旺はいつもエントランスに出れば車寄せに車が待っているのが当たり前だったので、駐車場に来たことなど初めてだった。柱にアルファベットと番号が表示されているが、似たような景色が続いて迷いそうで怖い。  はぐれないよう懸命に後を追ったが、久我が社名の入った営業用の軽ボンネットバンに乗り込んでしまい、どうしていいかわからず立ち尽くした。  運転席の久我がエンジンをかけながら、怪訝そうに玲旺を手招きする。 「何してんだ。早く乗れよ」 「俺、ドアの開け方わかんない」 「嘘だろ」と久我が運転席から手を伸ばし、内側から助手席のドアを開けたが、それでも玲旺は動けずに驚いた表情で固まる。 「ここに乗るのかよ……」 「何言ってんのお前。後ろに座るつもりだったの? 俺はお前のお抱え運転手じゃないからな。ほら、さっさと乗れ。置いて行くぞ」  不安そうな顔で助手席に乗り込み、ドアを閉めたが力加減が解らず「もう一回、ちゃんと閉めて」とやり直しさせられた。  久我と出会ってからわずかな時間で、人生未経験の出来事が次から次へと起こった。狭い軽自動車ではダッシュボードに膝が当たって足を伸ばすことすらままならず、玲旺は憂鬱そうにため息を吐く。見かねた久我はシートを後ろに下げる方法を教えたが、上手く出来ずに結局そのまま我慢した。
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