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「じゃあ、あなたが着てみてくれない?」
「えっ、俺……じゃなくて、私がですか?」
「そう」
言いながら女性は木製のハンガーラックから服を物色し始める。
「これとこれに……これを合わせてみてくれる?」
差し出された女性物のスカートを見て玲旺はギョッとした。見かねた鈴木が申し出る。
「恐れ入ります。もし差支えがなければ、私が試着してもよろしいでしょうか」
「うーん。ありがとう、でもごめんなさいね。残念だけどあなたじゃ背が足りないわ。大丈夫よ。その子なら、顔は中性的だし女性物を着てもイメージは掴めるから」
そういう事じゃないんだけどな、と思いながら助けを求めるように玲旺は久我の姿を探す。こんなに強引な要求を躊躇いもせずにするなんて、もしかしたらファッション業界で名のある人なのだろうか。
玲旺はブースの奥、壁際に立つ久我を見つける。久我は腕組みをしたままこちらを眺めるだけで、助け舟を出してくれる気配はない。「フォローするって言ったくせに」と心の中で毒づきながら、玲旺は女性に視線を戻した。
もし大手のバイヤーだったり、雑誌の記者だったりしたら粗相するわけにはいかないな。
そう考えた瞬間「いや、違うだろう」と玲旺は首を振った。例えこの人が無名の小さなショップ店員だったとしても、実際に歩いた時の服の動きを知りたいと思うのは、正当な要求だし、叶えてあげたい。
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