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「桐ケ谷さん、すみません。実は先ほど営業部から、助っ人の要請がきまして。ウチの方としても、桐ケ谷さんに抜けられるのは痛手なのですが、どうしてもと言われて断れず……」
白々しい物言いに、目も合わせず「ふーん」とだけ答えた。玲旺が機嫌を損ねるのではないかと危惧するような気配が、やり取りを見守る社員たちの間に流れる。
「いや、本当に仕事のできる桐ケ谷さんにはずっと総務に居て頂きたかったので残念ですよ。では、営業部へご足労頂けますか?」
見え透いたゴマ擦りに辟易しながらも「いいよ」と頷いた。その瞬間、ホッとしたような空気が部署全体に流れたのを感じ、馬鹿馬鹿しくて心の中で唾を吐く。
転属するのに持っていく荷物など一つもなく、本当に自分はここで何もしていなかったのだなと、惨め過ぎて可笑しかった。
営業部でもどうせ腫れ物扱いなんだろう。まともな仕事を任されるはずがない。仮に契約を取ってきたって、コネだ何だと言われるのが目に見えている。一体いつまでこんな茶番を続けなければならないのかと、憂鬱な気分で長い廊下を歩いた。
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