それは通り雨のような

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***  吹奏楽部で私はクラリネットを吹いている。可愛い後輩もできて、自分のパート練習と後輩への指導に忙しい。 「弥生先輩、ここうまく出せません〜」  後輩の中でも特に私に懐いてくれている渡部愛佳に訊かれ、 「どれどれ、ここはね〜」  と丁寧に教える。指は開いて、口は横に開くように、呼気は入れすぎないように。 「なるほど、さすが弥生先輩です。私、頑張ります!」  愛佳は素直で真面目で愛嬌もあり、ついつい可愛いのでかまってしまう。部活後も一緒にスタバによって色々なことを話すことも多かった。私には妹はいないけれど、いたらこんな感じなのかなと思っていた。 *** 「平野?」  声をかけられ、私は声の主を見た。新田君。オーボエを吹いている男子だ。彼の音はもの悲しくそれでいてよく響く。本当にいい音なのだ。 「まだ帰らないのか?」 「うん。なんか今度のソロ、何度吹いても何かが違って」  新田君は私の方に近づいてきて、 「ちょっと吹いてみろよ」  と言った。私は実力のある新田君の前で吹くのは緊張したけれど、ソロパートの部分を吹いた。 「うん。技術は問題ないんだよな。音の粒も揃っていて、しっかり弾けてる。でも、なんだろう。心に響かないというか……」 「心に響かない……」  私はショックを受けたけれどそれ以上に上手くなりたいと思った。 「もっと感情を込めて、場面を思い浮かべて、歌うように吹くんだ」  新田君に言われるままにメロディーを歌う。あ、なんか音色が変わってきたかも。 「そうそう、さらに伸びやかに! ここからはささやくように。そして段々盛り上げて!」  凄い! 自分の音色じゃないみたい! 「なんだ。いい演奏できるじゃん。今みたいな感じで吹きなよ。ソロは目立っていいんだから」  新田君は自分のことみたいに嬉しそうに笑った。普段冷静な新田君の全開の笑顔。    とくん。 「一人だったらできなかったよ。ありがとう! 新田君て凄いね。今の感じ忘れないように頑張る」 「ん。じゃあ、俺は帰る。平野もあんまり無理すんなよ」  私は呆けたように新田君の後ろ姿を見送った。自分にあんな演奏ができたという感動。そして、身近なところにいた眼鏡の似合う地味な男子がなんだかかっこよく見えたのが驚きだった。  なんだ、私。ちゃんとトキメいてるじゃん。ノーマークだったな、新田君。
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