冷やし中華はじめました

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 不意に電話が鳴った。時計を見る。また同じ時刻。  叔父は鍋を振りながらも電話をじっと見つめる。もしもヤマダさんからの電話ならどう応答しようかと考えているのが分かる。なぜなら僕も同じことを思っていたからだ。 「電話、鳴ってるよ」  客の一人が言った。  その声で我にかえる。叔父は調理中なので、嫌だけど僕が電話を取るしかない。  恐る恐る受話器を耳に当てると、 「出前、お願いできますか」  その声は女性のものだった。  安堵のため息をつきそうになるのをぐっとこらえ、 「はい、大丈夫です。ご注文は?」  彼女は餃子二人前と天津飯を注文し、出前先を告げて電話を切った。そこでようやくため息が口からこぼれた。  僕の言動で叔父も相手がヤマダさんではないと気づいたようで、すでに調理に集中していた。 「餃子二人前と天津飯一つ」と注文を告げると、叔父は「あいよ」と朗らかに応じた。  程なくして注文の品が出来上がった。それを入れた岡持ちを荷台にセットし、バイクにまたがった。  夜風に吹かれながら走るうち、不意に背中に違和感を覚えた。寒気のような、圧迫感のような……と、耳のすぐそばで声が聞こえた。 「なんだ、出前やってるじゃないか」  そのだみ声に思わず振り返る。肩口から人の形をした半透明の物体が見えた。恐怖に体がすくむ。まるで二人乗りのように背中に張り付くそいつから目が離せない。するとそれはほらほらと指差した。 「前見てなきゃ危ないよ」  慌てて顔を振り向ける。電柱が眼前に迫っていた。急ブレーキをかけるものの、手遅れだった。  遠のく意識の中、最後に僕の目に映ったものは電柱の足元に供えられた花束……。奇しくもそこは先代のアルバイトが事故を起こした場所だった。  
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