冷やし中華はじめました

4/6
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「あの人が亡くなってから数日後。ヤマダさんの声で出前の注文が入ったんだよ。当然それには応じなかったよ。だって、ヤマダさんはもういないんだもの。それからだ。決まったように夜になると冷やし中華の注文が入るようになったのは。そのたびに、あれやこれやと理由をつけては出前を断るようにしていたんだ。まさか今年も電話がかかってくるとは思わなかったけどさ。あの人、死んでからも食い意地は変わらないんだな」  話し終えた叔父はふぅとため息をつき、グラスに注いだ水を一気に飲み干した。  のんきに水なんて飲んでる場合じゃない。それってヤマダさんの幽霊じゃないか。その声を僕も聞いたということだ。 そんなことを思ううちに表情が強張っていたのだろう。それを見て取った叔父が気遣うようにこちらを見る。 「あれ?もしかして幽霊とか苦手?」 「得意な人なんていないでしょう」 それもそうかと彼は苦笑を浮かべる。 「叔父さんは平気なんですか?幽霊から電話がかかってきたりして」 「去年は散々声を聞かされたからね。慣れちゃったよ」  叔父は「あはは」と笑った。度胸があるのか鈍感なのか。  彼に誘われてはじめたアルバイトだが、近いうちに辞めたほうがいいような気がしてきた。バイト代は欲しいが祟られでもしたらかなわない。    その日の夜。宵の口から振り出した雨のせいで客足は途絶えていた。叔父と僕はぼんやりとテレビを見上げていた。野球中継が流れている。甲子園球場ではまだ雨は降っていないらしい。 「ちょっとトイレ」と叔父が席を立った。その直後に電話が鳴った。時計を見ると、昨夜僕が初めて電話を取った時刻と同じだった。  嫌な予感を胸に受話器をとると、案の定電話の向こうから例のだみ声が聞こえてきた。 「ヤマダ不動産だけど、また出前のお願いできるかな」  どう応じたものか戸惑っていると、叔父がトイレから出てきた。僕の様子に気づき、奪うように受話器をとった。 「ああ、お電話代わりました。ヤマダさん、いつもありがとうございます」  叔父は笑顔でそう切り出した。とても幽霊相手にしゃべっているようには見えない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!