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「実は今人手不足でね。だから申し訳ないけど出前はお断りしてるのよ。え?なに?」
叔父の表情が急に曇り始める。
「ああ、店はやってるよ。もちろんかまわないけど、ヤマダさん大丈夫なの?いやいや、迷惑じゃないって。ああ。ああ。そう?じゃあ、そういうことで」
電話を切った彼は途方に暮れた表情だ。
「どうしたんですか?」と訊ねると、
「来るって」
「来るって、誰がです?」
分かっていながらそう言う僕を叔父はじっと見据えたまま、
「ヤマダさんだよ」
「え?でもヤマダさんは……」
「そうだよ。死んでるよ。でも来るって。出前が出来ないなら、店に食べに行くって」
叔父はガラス戸越しに店の外を見た。雨脚がまだ弱まる気配はない。
「叔父さん、どうするんですか?」
背中に問いかけると、
「他の客と鉢合わせたらまずいから、店を閉めよう。居留守だ」
「でもそんなことしてヤマダさんに恨まれたりしません?」
それは困るなと腕組みしてから、
「じゃあ、こうしよう。ヤマダさんの貸切りにするんだよ。これなら少なくとも他の客には迷惑がかかることはないから」
幽霊の貸切りなんて、あまりありがたくないけど、しょうがない。
大急ぎで紙に文言を書き付け、入り口の扉に貼り出した。そうして僕らは待った。
何も起こらぬまま一時間が過ぎ二時間が過ぎた。その間蛇口から滴り落ちる水の音にドキリとし、立てかけていた箒が倒れると身をすくめ、風でガラス戸が揺れては腰を浮かせと、僕も叔父も戦々恐々としていた。
やがて閉店の時間がきた。
「来ないですね。どうします?」
僕の問いに叔父はむずかしい顔で、
「これだけ待って来なかったんだから、もう閉めてもいいだろう」
ですよねと言って僕は暖簾をしまいにかかる。それから扉に貼ってあった『本日貸し切り』のはり紙をはがす。そこでふと思った。もしかして、ヤマダさんの幽霊はこれを見て帰ってしまったのではないだろうか。まさか自分の貸切りだとは思わずに……。
次の日の夜。カウンターには三人の客がいた。叔父は厨房でそれらの客に出すチャーハンを作っている。
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