Ⅲ 騒霊現象には太古の魔術を

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「よーし、今だ!」  だが、そんなもんでビビるこのカナール様じゃねえ。治安の悪ぃ貧民街育ちの俺はそれなりに修羅場慣れしているし、この仕事を始めるに当たり、つい最近はもっと恐ろしい魔物を見たりもしている……俺は今が好機と判断すると、事前に仕掛けておいた魔術的な装置を発動さえることにした。  俺はすぐさまベッド脇の燭台を手に取ると、床にぐるりと円を描くように並べられた蝋燭へ次々と素早く火を点けてゆく……。  いや、その蝋燭の明かりに薄闇が照らし出されると、木の床には実際に白墨で大きな円が描かれていて、さらにその円の内にニスでもう一つ円を描くと、その二重の円の間には小さな三日月が余すところなく描き込まれている……本来は水で描かなきゃあいけねえが、それだと長時間持たねえんでアレンジした。まあ、透明な色なら別にいいだろう。  蝋燭はその三日月のくぼみに立ててあり、また、白墨の円の上には平均した距離を保って麻布で包んだパンの切れ端と、水の入った壺が五つ置いてある。 「これで完成だあっ!」  蝋燭に火をつけ終わった俺は灰色のジュストコール(※ジャケット)のポケットから白墨を一本取り出し、そのパンの切れ端と壺の置かれた五つの点を結ぶようにして五芒星を描いた。 「う、ウオォォォォ……」  瞬間、その完成した魔法円は怪しく青色に輝き始め、そのサークルに囲まれることとなった黒い影のようなものは、苦しげな呻き声をあげ始める。  こいつは魔導書『シグザンド写本』の巻末付録『サアアマアア典儀』に記されている魔法円で、古代異教の僧が用いていた〝ラアアエエ魔術〟とかいうので使われてたものらしい。  本来、魔導書ってのは悪魔を召喚して使役するための知識が記されたもんだが、こいつはそれを応用して魔物を追い払ったり捕らえたりするのに特化した内容になっている。そのために裏市場でもあんまし人気ねえようだが、俺の仕事にとっちゃあピッタリな代物だ。 「…ウググ……キサマ、何者ダ……」  と、眺めている内にも黒い影は徐々に凝り固まり、半透明な一人の男の姿になった。  俺と同じ浅黒い肌に、碧眼の俺とは違う黒い瞳……その粗末な身形からしても、おそらく土着民の奴隷かなんかだろう。
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