映画

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 二月十四日、私は、彼氏の祐司(ゆうくん)とデートで映画を見に来ていた。  人気のある作品だからと思い、早めな時間にチケットを買って、ゲーセンで時間を潰したあと、再び映画館へと戻って来た。  私たちはのんびりと、私はフレンチポテトとジュース、ゆうくんはポップコーンのキャラメル味とジュースを買って、真ん中位の高さの横真ん中の席でくつろいでいる。  私は彼と付き合い初めて三ヶ月が経とうとしていた。  まだ、手を繋ぐ位でキスもしていない……。  しかし、それには私の方に理由があった。  彼には内緒にしている理由があった。  私は、余命一年だった……。 * * * * *  彼とは大学のサークルで知り合った。  最初は大人しい人っていうだけの印象だった。  サークルの同学年の定員は四人なんだけど私達の時は、私と彼しか集まらなくて。  そんな馴れ初めで話すようになったんだ。  そしたら、結構話が合うっていうか、落ち着くっていうか。  サークルのイベントや小旅行を通じて、どんどん彼に引かれていく自分に気が付いていた……。  でも、踏み出せない自分がいた、自分の体の事はよく知っていたから。  サークルのイベントや小旅行だって、参加するか凄く悩んだ。  でも、ママやパパが後押ししてくれたから行く勇気が出せた。  忘れもしない、あれは去年の春、ゴールデンウィーク一週間前のこと。  サークルでゴールデンウィークに小旅行があるって知らせを受けた。  行きたかった、でも体の事を考えると恐くて、すぐに諦めかけていた。  その日の夕飯はハヤシライスだったなあ、私、好きなんだ。  温かい湯気とともに沸き上がる コクのある香り。  ツヤツヤとしたルーをふっくらとしたご飯に掛けて口に運ぶ、 するとほどよい酸味と共にコクのある香りが鼻の奥を押し上げ、絡み合った塩味と甘味が口いっぱいに広がる……これがママの味。  その時のママの作ったハヤシは私の心を紐解いてしまった。  独りでに涙がこぼれた。  そしたら「どうしたの?学校で辛いことでもあった?」ってママが聞いてくれた。  私は、涙が止まらない目を隠して答えた。 旅行に行きたいんだってことを。  たぶん、止められるだろうなど思ってた。  突然に両肩を掴まれママをみた。  ママもまた目に涙を溜めていた。 「思いっきり生きなさい。やりたいことをしなさい。後悔の無いように。」  嬉しかった……でも次の言葉が強く胸に刺さった……。  そんな体に産んでしまってごめんなさいって、ママ、力になれなくてごめんなさいって……。  私こそ何も出来ないのに……。  だから私は、最後までママの言う通り思いっきり生きようと思った。  そして、私はゴールデンウィークの小旅行に参加して、夏休み始めの北海道小樽旅行にも参加した。  しかし、やはり無理があった。 北海道旅行から帰った私は自宅で倒れ、夏休み中、入院。  そして、余命18ヶ月の宣告を受けた。 * * * * *  秋になって、ゆうくんから告白を受けた。  彼の誕生日、十月二十五日のことだった。  彼とは、家の方向が一緒で、駅も二駅離れているだけだった。  ガタンゴトンとお決まりのリズムで走る帰りの電車。町の家々の陰に、照れ隠れしようとする太陽に車内をオレンジ色に染め上げられ、心から温かい。  私は彼にささやかな、でも心のこもった手作りのクッキーをプレゼントした。  夕日に染まった彼の笑顔は、まぶしいくらい明るく見えた。 それだけでも……うれしかった。 …………。 「出来れば、これからずっと僕の誕生日を祝って欲しい。」  唐突だったものだから、最初はその言葉の意味を深く理解出来ていなかった。  とぼけた顔して「うん」と答えた私に、彼は困った顔を向けた。  私は再度「うん?」とニュアンスを変えて繰り返した。  いまだに心地良いリズムを刻む電車。ポカポカと温かい車内。誰もいない車内。気が付けば私達二人だけの車内。  彼が次の言葉を発する前に、その言葉の意味に気付き、彼を見上げる。  彼は深呼吸をし、そして私に真剣な眼差しを向けた。  透き通るような琥珀色の瞳に一筋のオレンジ色の光が突き抜ける。  綺麗なその瞳に私が映っていた。私が住み着いてしまったみたいに。  意味がわかったのに言葉が出せず、期待と胸の鼓動を高めて顔を赤らめる私……。 「好きなんだ、僕と付き合って欲しい。」 とても嬉しかった。
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