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 肩に寺田さんの息を感じて飛び上がりそうになったが、寺田さんの腕が俺の体を制したままだった。  くすぐったさとぬくもりに包まれながら、俺は寺田さんから逃げようとドアに手を伸ばした。しかし後ろから伸びた手に、鍵をかけられてしまった。 「…………」 「僕も犬の交尾中は見ないようにしてるんですよ」 「…………」  後ろから抱きしめられていた腕が下へおりていく。 「ちょ、ま、ま、ま、ま、待ってください!!」  腰を抱かれて押し付けられた感触に思わず逃げ腰になって、しゃがみこんだ。  振り向くと眼鏡をしていない寺田さんが立って俺を見下ろしていた。 「…………」  この人、全然穏やかじゃない、かもしれない。  怒ったように髪を掴まれ、俺は反射的に膝立ちになり、寺田さんのベルトをはずした。 「…………」  寺田さんは眼鏡をはずしているだけで、いつもの変わらない表情に見える。でも自分のものを必死でくわえる俺を見下ろしている。  ……もうこんなこと、二度としないって決めていたのに。  隣の部屋で四匹の犬が走り回る音が聞こえていた。 「……あっ……あっ……あっ……」  家から持って来たおもちゃのボールの音がずっと鳴っている。モモ太がくわえながら走り回っているに違いない。  乱暴でもなく、優しくもない動きが俺を攻め立てている。 「……んっ! ……んっ! ……」  今日は昨日から降り続く雨のせいで散歩はできない。  犬の遊び場であるリビングでご飯を食べ終わった親子たちは、遊んだり眠ったりして家の中でくつろいでいる。 「……あ……あ……」  腕を引っぱられて起こされた。  無言でうながされるまま、俺は座る寺田さんの上に乗った。首に腕を絡ませ、腰を抱かれて、また下から攻められる。 「……あっ……あっ……!」  動くたびにお互いの密着した体が滑る。俺が寺田さんの唇を欲しがると、寺田さんは深く口づけてくれた。それが嬉しくて口を合わせたまま俺がイってしまうと、寺田さんは俺を押し倒し、強引に背中を向けさせ、腰を掴んだ。 「……んぁ、あぁ、ぁあ、あんんっ……!」  さっきよりもずっと激しい動きに、いつもの穏やかな寺田さんじゃなくなったみたいで怖くなった。  でも寺田さんが俺の中で果てると、頬にキスをしてくれた。 「…………」  ……この人を好きになって良かった。やっぱり犬好きに悪い人はいないんだ。  終わったあともベッドの上で動けないでいると、寺田さんは裸のまま部屋のドアを開け、騒がしい犬たちの方へ行ってしまった。  初めてマジックバーに来たという初々しいカップル。  箱からカードを取り出し、数回切ったあとテーブルの上に扇状に広げた。 「一枚カードを引いてもらえますか?」  テーブルに扇状に広げたカードから女が一枚引いた。二人にだけ表を見てもらい、また適当な位置にカードを戻してもらった。 「先程のカードはスペードのエースですか?」  カードの束を切りながら聞いた。 「違います」 「じゃあこれですか?」  テーブルに乗せたカードの束の一番上のカードをめくった。 「違います」 「あれ? おかしいなぁ」  そう言いながらカードの束を扇状に広げると、一枚だけ表になっているカードが現れた。 「もしかしてこれですか?」  そのカードを抜き、二人に見せた。 「えっ、なんでっ!?」  二人が同時に同じように驚いた。こんなに単純なトリックなのに、こんなに驚いてくれるならやりがいがある。  二人の初々しくてかわいい姿に早くモモ太に会いたくなった。モモ太と一緒に寺田さんのところへ行きたい。  仕事から帰ると、おもちゃで散々部屋を散らかしたモモ太はベッドの上ですやすやと眠っていた。そんなモモ太を起こすのはかわいそうで、そのままにして家を出た。  出迎えてくれた寺田さんはいつものように笑ってくれた。  寺田さんが笑顔のままで俺の足元を見た。 「あれ? モモ太は?」 「あ、寝てたんで留守番してもらってます」 「そうですか」  寺田さんのいつもの笑顔が消えた。 「すみません。今日は帰ってもらえますか?」 「え?」 「モモ太がいないなら意味がないんで」 「…………」  寺田さんの後ろから犬たちの鳴き声が聞こえた。  きっと親子で仲睦まじく過ごしているに違いない。 「あ、そうですか。わかりました。じゃ、明日また、モモ太と一緒に、来ますね」  言い終わらないうちにドアは閉められた。                                 おわり
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