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「ではまずカードマジックをお見せします」
客の前でカードを箱から出し、カードの束を切ってみせ、裏を向けてテーブルの上に扇状に広げた。
「この中から一枚を選んでいただけますか?」
カップルの女の方にお願いした。
「これ」
女が一枚カードを選んだ。二人にだけ表を見てもらい、また適当な位置にカードを戻してもらった。
「では先ほどのカードをこちらに書いていただけますか?」
男の客にペンとコースターを渡した。
男が書いたコースターをの上に丸い灰皿をコースターが隠れるように置いた。そして残っているカードを切り、女にもう一度カードを選ばせ、カードの表を二人に見せた。
「このカードでしたか?」
「ちがーう」
女は首を振った。
「じゃあこのカードでしたが?」
自分でカードを一枚めくり、女に見せた。
「ちがーう」
女がまた首を振った。
「じゃあこれでした?」
灰皿をどけるとハートのキングが現れた。
「えっ! なんで!? コースターは!?」
「じつはここに」
そう言って制服のベストに入っていたコースターを見せると、また女は目を見開いて驚いた。
「キャー! すごーい!」
単純なトリックにいいリアクション。
女は手を叩いて喜んでいる。男は気分を良くしたのか、新たな酒を注文してくれた。
今日の客はなかなかいい。
恋人には見えないが。どう見ても水商売の女とその客。そして俺はそんな客を喜ばせるただのマジシャンにすぎない。
*
「この子がこの前生まれた子犬です」
フワフワの黒髪に黒縁の丸眼鏡に細身の長身にエプロンをしたドックカフェのオーナー。フサフサの耳が垂れているクリクリな茶色の毛玉の頼りなげな顔の犬を抱いている。
なんてことだ。
まさにこれは運命の出会いだ。
「前にも犬を飼ってたことがあるんですよね?」
「はい。五年前まで。実家にいた時に」
死んでしまった時は悲しかったけど、最近なぜかまたよく夢に出てくるようになった。だから知り合いの知り合いの犬に子犬が生まれたと聞いて思い切ってやってきた。でもこれはもしかして何かの予知夢だったのかもしれない。
もうそろそろ、いいかげん別の好きな人をつくれよと。
「他の子犬はもう引き取り手が決まっているんです。菅井さんの紹介で橋本さんへとこの子はとっておいたんですが」
「はい。ありがとうございます」
一階は店舗で二階は住居になっているドッグカフェ。もっと早く菅井にこの店のことを聞いとくんだった。
「大事に育てます」
細く長い指から子犬を受け取った。
あったかい。久しぶりの子犬の感触。世界一大切にしてあげたくなるような顔で見上げられた。
「一応しばらくは動画で犬の様子を送ってもらうことにしているんです」
「わかりました」
なんてこった。
連絡先を教える自然な流れじゃないか。
もうこれは運命だ。
もぞもぞと動き、ようやく俺の腕から抜け出せた子犬は、尻尾を振りながら二人の足の間を歩いたあと、親犬の元へと戻って行った。
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