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1話
植松チカ32歳はアパートで、先ほど届けられた大きな荷物の中身を三度見して呟いた。
「なんだコレ」
よっぽど疲れてるのだろうか。
残業で22時帰宅が常のいわゆるブラック企業に勤めているが、周りも麻痺して残業感覚がない人間達ばかりでブラックに気づくのが遅かった。だがどう考えてもブラックな会社に勤めている現状、家事をする間も気力もない。通販にしたって平日だと時間指定外になるから、貴重なこの日曜日に指定して待ち焦がれていたのに。
「コレ、性別違うよね?」
ネットで検索した時に、50万円で購入出来るという家事用人型ロボット。どうせなら可愛いのがいいと、オプション8万円追加して女メイド型にした、はずなのに。
「それにしてもよく出来てるな」
チカはしゃがみこんで、大きな長方形の段ボールの中身を覗いた。
裸体と言っていいのか、服を着ていない。多分なんのオプションもついていない男型アンドロイドが入っている。ただ、その中央のイチモツがビッグサイズだった。
「コレ、必要? 家事するのにこの部分の精巧なフォルム、必要?」
人差し指を伸ばして、さすがに躊躇って腹部をつついてみると、肌感までリアルにできている。
そこで初めてタブレットが同封されているのに気付いて手に取った。多分取説みたいなものだろうと、モノの確認する為にもと電源ボタンを押す。
するとすぐに起動して画面に会社のロゴマークらしきものが現れたが、アンドロイドの方まで立ち上がってしまった。
「わっ!!」
ビックリして尻餅ついたまま見上げると、裸体ロボが微笑みを作っていた。
『お買い上げありがとうございますご主人様』
「おおっ! ほんとに喋る!」
家事さえ出来ればなんでもいいと、あまり関係なさそうな機能の詳細を確認していなかったが、さすが大金はたいただけのことはある。
「えーと、初期設定とかあるのかな。あ、そうだ。オプション分どうすればいいんだろ」
改めてタブレットの画面を見ると、会社のロゴは小さく端に寄っていて、中央に【ラブロボM 510号~あなたにめくるめく世界を~】と妙にピンキーな文字が踊っていた。
「……ラブロボ……? なにそれ」
『ご主人様の夜のパートナーを勤めさせていただきます』
急に喋りだした裸体ロボに顔を上げ見ると、再び爽やかな笑顔を作っていた。
「……夜の? パートナー?」
『はい。ご主人様はどのような体位が好みですか?』
「はっ……? なんだって?」
『初期設定は正常位です』
チカはしばらく呆けたようにアンドロイドを見ていたが、開きっぱなしの口を一旦閉じてから開いた。
「……ちなみにお聞きしますが、君は家事は出来るの?」
『カジ、変わった体位ですね』
「ちがうちがうっ、掃除洗濯とかあるでしょ、料理とか」
『掃除なら出来ます』
「え? そうなの? じゃあオプション違いだったのかな」
『ご主人様の愛液を綺麗にお掃除いたします』
「いや違うなそれ」
チカは再び画面を覗き込んだ。メニュー画面とやらが現れていて、その中に【お問い合わせ】というボタンがあった。迷わずそれを押すとすぐに【通話中】となり繋がった。
『ありがとうございます。こちら、幸せサポート“ハッピープロジェクト”です』
「あの、もしもし、そちらの商品を注文した植松チカと申しますが」
『この度はまことにありがとうございます。商品は無事お手元に届きましたでしょうか』
「ええ、はい、まあ届いたのは届いたんですけど……」
チラリと目の前に立つものを見ると、やっぱり爽やかな笑顔を向けてきた。「……あのー、私、家事用アンドロイドを注文したはずなんですけど、なぜかラブロボっていうのが届いたんですけど、コレ返品出来ます?」
『少々お待ちくださいませ。植松チカ様ですね』
「はい」
『確認できました』
「早いな」
『申し訳ありません。こちらの手違いで“ハウスキーパーF 12098号 メイド仕様”を発送予定が、“ラブロボM 510号”をお送りしておりました』
(まったく間違いようないほど品名かぶってないんですけど……まあいいや)
「それじゃあ、交換していただけます?」
『お客様』
「はい?」
『よろしいのですか?』
「はい? よろしいも何も、私が欲しいのは家事をしてくれるやつなんでね」
『ここだけのお話ですけど、ハウスキーパーは定価50万円です』
「うん」
『しかし、ラブロボの定価は、な、なんとっ』
「え、なに?」
『498万円なのですっ』
「高っ!!」
『こちらの手違いですので、お支払いいただいている金額との差額分なしで、そのままラブロボをお使いいただいてかまいません』
「……なんだって?」
チカの頭の中で打算が働きだした。
約450万円もお得ということではないか。いやでも待て、ロボットの機能が違うから意味ない? いやいや、ロボットでその金額の違いは大きいはず。搭載されてる機能が格段に違うだろうし、教えたら出来るんじゃね? まさに大は小を兼ねるって言うし、50万円の原付と500万円の高級車ってことじゃん。
揺らぎまくっているところにトドメを刺す言葉が通話先から届いた。
『植松様、弊社の商品は独自のクーリングオフ制度を設けております。未使用の場合は、2週間以内なら返品、交換が可能となっております』
「……未使用……。でも箱から出して電源入っちゃったんですけど」
『植松様、ラブロボの場合の未使用とは……察してください』
「……はい」
なぜか顔が真っ赤に火照った。なんの話を電話でしてんだろ。
「あの、じゃあ、せっかくなんでもう少し様子見てみます。えっと、そのクーリングオフをしたい場合は、そちらに問い合わせでいいんですか?」
『はい、わたくしが承ります』
「あ、そうですか。じゃあ、念の為お名前お伺いしてもいいですか?」
『これは失礼いたしました。わたくし、オペレーターロボット7号です』
「お前もロボットなんかいっ」
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