4話

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4話

 もうすぐお試し期間の2週間が終わりを迎えてしまう。  チカはベッドの上から頬杖をついて、下に置かれた長い段ボールの中で充電しているゴトー君を見つめる。  電源コードでコンセントと繋いだタブレットに触れているだけで充電できるので、ゴトー君はそれを抱き締めるように目をつむっているのだが、その顔はやはりとても整っている。  女性を喜ばせる為に作られたラブロボMのゴトー君は、果たしてこれでいいのだろうか。ひょっとしたらアンドロイドなりに落ち込むとかあるだろうか。本来の役目を求められていないということは、彼にとっては、どういうものなのだろう。  残念ながら、やはり自分には性欲というものが湧いてこない、本当に人間としても女としても枯れ果ててしまっている。この先、お試し期間を終えてゴトー君といたとしても、やはりラブロボとして使う気持ちは起きそうにない。それだったら、やはりゴトー君は返品したほうがよいのだろうか。  心ではそう傾いているのに、何かが突っかかってはっきりしない。  毎日出迎えて、相変わらずレトルト温めの夕食だが準備してくれて、返答に困る会話のキャッチボールして、時に驚かせ時に笑わせてくれる。気付けばとても癒されている。  私はとても、満足している。いや、満たされている。  でも、ゴトー君は……。  残り3日というところで、タブレットから着信音が鳴る。  仕事の疲れを吹き飛ばすかのごとくテーブルでコーヒー片手にゴトー君のプレゼンを楽しく聞いていた時だった。ちなみに今夜のプレゼンは、特殊な表面加工が施された舌のプレゼンだ。  タブレットを取り出して画面を押すと【通話中】に切り替わった。 『こちら幸せサポート“ハッピープロジェクト”のオペロボ7号です』 「はいはい、こんにちわ植松です。どうされました?」 『植松様、大変申し上げにくいのですが、お願いがございまして』 「なんでしょう」 『実は、そちらにお届けしたラブロボ510号を本来お届けするはずでしたお客様からお問い合わせがございまして、510号をご所望されているのです』 「え?」 『もちろん、あの後すぐに511号を送ったのですが、どうも、そのお客様は510号がご希望でいらっしゃいまして。オプションの欄にも番号の指定をしてあるほどでして。すべてこちらのミスで申し訳ないのですが』 「……はあ」 『510号を返品していただけないでしょうか? もちろん本来お送りする予定だった家事用アンドロイドのメイド仕様を送らせていただいた上で全額返金させていただきます』 「……」  チカは急に頭が鈍くなったように思考が滞る。  タブレット画面から視線を上げ、テーブルの向こう側でいつものように立ったままこちらを見つめるゴトー君と目が合う。タブレットのスピーカーから音声は出ているのでゴトー君も内容を把握しているはずだ。 『もし、ラブロボがお気に召していただけたのであれば、すぐに新しいものを送らせていただきます。こちらの場合ももちろん全額返金の上、ご希望のオプションをつけさせていただきますので』  何もかもが破格の条件だ。  こちらはそもそも返品する予定でお試しの軽い気持ちであった。しかしもう一人のお客さんは違うようだ。  7号が必死に訴えてくる。そのお客さんは別れた彼氏が忘れられず、その彼氏の誕生日が5月10日なのだと。だから511では立ち直れないのだと。  正直、すごいなと思った。  そこまで相手に執着するなんて、自分にあっただろうか。そこまで好きになれる人を、見つけたことがあるだろうか。  けして自分はかっこよく自立している訳ではない。依存できる尊いものを手にいれてないだけなのだ。 「わかりました」  勝手にこぼれていた言葉。  でた、いつもの自分。聞き分けがいいのではない。めんどくさいから切り捨てているだけ。  なにも代わり映えしないタブレットの画面を、見つめる。スピーカーの言葉も自分の言葉も上滑りして、どこにも定着しないまま消えていく。  ただ、顔があげられなかった。  今は“アンドロイドな表情”を見るのが、なんだか怖かった。  次の日の仕事からの帰宅後。チャイムの音がする。出るのを躊躇ったものの、重い腰は椅子から自動的に立ち上がっていた。  “ハッピープロジェクト”は、昨日の今日ですぐに引き取りにきたのだ。ドアを開けると、人間なのか、ひょっとしたらこれもアンドロイドなのかわからないが、タブレットと同じ会社のロゴが入ったツナギ着た若い男が二人立っていた。 「引き取りに伺いました。……あ、箱ではないですね」  男はチカのすぐ後ろに立つゴトー君を見て、引き取るものを確認したようだった。「じゃあ、このまま車に乗ってもらいましょうか。タブレットもお忘れなく」  チカはテーブルに置いていたタブレットを、うつむいたままゴトー君に渡した。  ゆっくりと片手ずつ伸ばされ、ゴトー君が受け取るのを確認して、精一杯搾り出した。 「……ありがとう……ゴトー君、ありがとね」 『……』  ゴトー君は何も喋らなかった。 「では、失礼します。この度は大変申し訳ございませんでした」  男達が帽子を取り深々とお辞儀する。  その玄関先に歩み出すゴトー君の足は、ピタリとすぐに止まった。  そしてゴトー君の手がチカの顎を引っ掛けるようにして上を向かせたと思ったら、柔らかなもので唇が塞がれ、それはすぐに離れた。  我に返って視線を追った先には、玄関のドアがゆっくり余力で閉じた光景しかなかった。
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