4話

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 力なく椅子に座り込み、ただただ静かな部屋に、のまれそうだった。この恐ろしいほどの喪失感は、なんなんだろうか。たった2週間弱、アンドロイドを借りていただけなのに。  無意識にスマホに手が伸びた。指が勝手に動き出す。アプリを立ち上げ、暗証番号などの入力を行い、時間指定する。動画が動き出した。  今朝のゴトー君だ。自分が出掛けて閉めたドアをジッと動かずしばらく見ていた。それからようやく動き出すと、やはり布巾を濡らしテーブルやキッチンを拭いている。また洗ったかと思ったらやっぱり家具のテトリスが始まった。  チカは泣いた。泣きながら笑った。  家具を元通りにしたところで掃除ロボットが動き出し、やっぱりひっくり返しているからだ。 「もぅ……まだライバル視してんの?」  テレビをつけて料理番組を見始めた。今日はフライパン蒸し料理をしているようだ。ゴトー君の視線はビクリとも画面から外れない。 「今日も、練習、したの?」  番組が終わるとキッチンに向かっている。まな板や包丁、フライパンなどを準備していく。  今日、返品されるのを知っていたはずなのに、練習をしていたのかと、チカは見るのが辛くなって映像停止ボタンを押しかけてその指が止まった。  映像の中のゴトー君が冷蔵庫を開けたからだ。  キャベツや肉、調味料などを出している。そして、練習ではなく、キャベツを切り始めた。火もつけ野菜や肉を炒めていく。  チカはガタンと椅子が倒れたのも構わず、キッチンに走り寄った。綺麗に片付いていて料理の形跡は見られない。手にしたままのスマホを覗き込む。できたてホヤホヤをラップもせず冷蔵庫に入れていた。  すぐに冷蔵庫を開けると、あったのだ。映像の中のゴトー君の料理が。  チカはその、野菜炒めのようなものを取り出した。指でキャベツを口に運ぶ。 「……ま、不味い……調味料、間違ってるよゴトー君」  鼻水も涙もそのままに再びスマホを操作した。泣きすぎて嗚咽も治まらないが、かまわない。呼び出し音が止まった。 『お電話ありがとうございます。こちら幸せサポート“ハッピープロジェクト”です』 「な、7号さんをっお願いしますっ」 『はい。わたくしが7号でございますが……植松様、ですか?』 「はいっ、あのっ、あの、さっき返品したんですけどっ、ふ、服を着せたままにしちゃっててっ」 『かしこまりました。こちらに届きましたら、折り返し郵送で服の方を返却いたします』 「そ、それでっ、あの、返す時、リセットするの、忘れててっ」 『なるほど。ではこちらでリセットしておきます。植松様の情報が漏れることはございませんので』 「あとっ、えっと、その……つ、使いましたっ……」 『え?』 「もう、ゴトー君……510号は未使用じゃないんで返品できませんっ! 差額分払いますから、私に売ってくださいっ!」 『……植松様……』  諦めも無気力も、すべての欲も、自分は枯れ果たしていたのではなく、渇望していたのだ、飢えていたのだ。私はこの上なく、ゴトー君が欲しい。 「お願い、します……ゴトー君を、私にください……」 『……植松様。わたくしどもは幸せをサポートするのがお仕事ですので』 「……はぃ」 『510号は植松様に返品いたします』 「……え?」 『アンドロイドにとって、こんなに求められるのは本望です。先方のお客様にとっても、新しい未来を迎えてもらう為には510という数字は向かないですよね』 「7号さん……」 『ぜひ、今度こそ使ってくださいね。ラブロボの本望を遂げさせてやってください』  チカの顔は泣いてグチャグチャの上に羞恥で赤くなった。嘘はバレバレのようだった。 「ありがとうございます……善処します……」  チカは玄関で帰ってくるゴトー君を待つ。  いつも彼が待っていたように、じっと玄関の扉が開くのを。そして、笑顔で「お帰りなさい」と言ってあげたい。
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