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布団に長いこと寝転がっていると、凄まじい眠気が突如として私を闇に引きずり込もうとしてきた。 しかし、まだ寝てしまうわけにはいかない。 まだお風呂に入っていないからだ。 いくら落ちぶれた生活をしていようと、寝る前には必ずお風呂に入る。 それも私の主義の一つだ。 私は、そのまま布団に包まれて眠りに落ちてしまいたいという欲求の首を絞めて、布団から跳ね起き、風呂場へ向かった。 体を洗い、湯船に浸かる。 その間も、頭の中では父に関する何かしらの記憶や思いが霧のようにぼんやりと漂っていた。 熱さの限界を迎えたところで、湯船から上がり風呂を出た。 浴室の外の脱衣所で着替え、ドライヤーで髪を適当に乾かして廊下に出た。 すると、そのとき、私の部屋の方から父親がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。 私の立つ方向にある父の部屋へと向かっているのだろう。 父は、私の顔が気になっているくせして、無理矢理に全く興味の無い方へ視線をそらしながら、気まずそうな強ばった表情でこちらに歩いてきた。 私も自室に入るために父のいる方に歩き出した。 私も父と同じような表情をしていたと思う。 一瞬空気が固まった。 埃の粒から空気中の分子から、何から何まで全て凍ってしまったように感じられた。 父と家の中ですれ違うときは必ずこんな空気になるのだ。 いつもは、すれ違う度に何か起こりそうで、でも何も起こらない。 けれど、今日は違った。 父の体と私の体がすれ違ったその瞬間、父は急に足を止め私に向かって話しかけてきたのだ。 丸一日誰とも話をしなかった後に口を開いたみたいに、なんだかぎこちない言葉の調子で、父はこう言った。 「風呂、入ったのか」 無論、こんなのは見れば誰だって風呂上がりだと分かるはずだ。 少し水分を含んだ髪に、パジャマ姿、おまけにシャンプーの良い香りをまとっているときている。 はっきり言って、もはや風呂上がりなんて自明なことだ。 が、父はあえてそんな当たり前のことを口走ったのだ。 しかも、それは約四年ぶりに私に放たれた言葉だ。 約四年ぶりに、まさかのタイミングで父に話しかけられたので、私もひどく混乱していて、ひどく口をもごもごとさせながら「う、うん」とだけ言った。 すると父は「そうか」と言って自分の部屋に消えていった。 そのとき父は私の斜め後ろにいて、こちらに背を向けていたのでその表情を知ることはできなかった。 私も何も言わずに自分の部屋へと逃げるように入っていった。 さっきのは一体…?と私は思った。 はっきり言って、あれは会話と呼べるようなものではなかった。 何かを話そうとは思っているけれど何も話すことがないときに、なんとか絞り出す会話のカスのようなものだ。 父は私と話をしたかったのだろうか? 恐らくそうだろう。 でなければあんな意味の無い発言はしないはずなのだ。 私はさっきの父と私のぎこちないやり取りから、昔、仲の良い二人の女の子が喧嘩をして、その後しばらく二人とも口をきかないでいたが、ぎこちない会話から始めて、徐々に仲直りをしていったことを思い出していた。 その二人の女の子の仲直りのきっかけとなったぎこちない会話も、まさしく「風呂入ってたのか」とかそういうほとんど自明のものだった。 いわばそういった自明な会話はウォーミングアップのようなものなのだ。 私はそれに対して上手く応答できていたか? 断じてそうとは言えない。 私は複雑な気持ちになった。 父との関係がずっとこのままではいけないということは分かっている。 けれど、心のどこかに私の夢を否定した父に対する恨みが残っている。 私のためを思って言ったのだということは分かっている。 けれど、その結果として私は下らない大学に通い、下らない講義を受けて、下らない毎日を過ごしている。 私は父との関係をどうするべきなのか。 答えはきっと、思っているよりずっと簡単なのだろう。 けれど、私は私自身の問題に対してはひどく鈍感なのだ。 布団に寝転がってうだうだと考えているうちに、先ほどの質問のことを思い出した。 そういえば、私は娘と約四年間口をきいていない質問者に「どんな些細なことでもよいから話しかけるべき」だと言ったのだ。 もしかして… さっき質問に答えたばかりで、もう返事が来ているとはあまり思えなかったが、確認せずにはいられなかったので、私はパソコンを立ち上げてヤフォー知恵袋を開いた。
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