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6.期待と策謀、見え隠れする赤林檎
「男αとのお見合いなんて、正直お断りだっての!! 俺は女の子が好き! でも、Ω特有で! 正直! 超極小な肉棒持ちだから!」
「つまり短小包け」
「黙って下さい! そんなわけで、女性とセックスなんて夢の彼方! だから俺が妥協してエロゲ―プレイしてる努力と応急処置はご存じでしょうが!?」
涙目の尽元に対して、定光はピンポイントで傷口を抉る。それを遮りながら指をビシッと定光に突き付けて宣言するが、定光は笑顔を崩す様子も無い。
「ご存じご存じ。でもさ、ほら。恋愛って縁と運とタイミングって部分もあるから」
「まあ……そこは、分かるけどさ」
「案外αとのセックスが癖になるかも。燐光みたいに」
「それは分からない。つうか、親のセックス事情なんて知りたかねぇわ……」
師匠の燐光と定光は恋人同士。そういう艶めいた事もあるだろうが、詮索した事も無いし詮索したくも無い。
定光のペースにまたしても翻弄された尽元はぐったりと机に上半身を突っ伏す。
それから、顔だけ上げて定光と視線を合わせた。
「……その人が俺のファンって本当に?」
「うん、本当。最近尽元がラブリーチガサキさんとの仕事が多いみたいだ、とか。あの戦闘は技が綺麗に決まってた、とか。色々聞いているよ」
ラブリーチガサキとは永遠のバトルガールを自称する、ビョウハスイハ所属の女性戦闘員。
同路線で活動しているクールフジサワとコンビを組み、アイドル系戦闘衣装で戦っている。ちなみに外部非公開だが、今年で29歳。
彼女はインパクトのあるネーミングと見た目だが、実力は確かで機動遊撃部門 第2班班長というしっかりした肩書があった。
「ラブ姐(ねえ)相手の対談とかは女性向け雑誌がメインだけど、そこまでチェックしてんのかよ……」
尽元と彼女は公私共に仲も良いが、そこまではニュース等で報道されない。
その為、尽元について詳しく調べようとしなければ、関係性までは知らないはずだ。
つまり、尽元関係でラブリーチガサキの名前を出すという事は、筋金入りのファンであるという証拠。
自分にファンが居るという事は知っていたが、こうして直接生の声が届くケースは少ない。尽元は先程の不機嫌と困惑など無かったように照れながら、頬を掻く。
「サイン下さいって言われて、断ったこともあるからね」
「……あー、応援してくれてありがとうございます?」
別にファンが欲しくて戦っているわけではないが、こうも熱心に応援してくれている人物がいるともなれば満更ではない。
尽元が興味を示すと、定光はここぞとばかりに友人のアピールと特訓の必要性を説いてくる。
しかも、話を聞けば友人の武嗣さんは、尽元が常日頃から感じていた戦闘時の弱点も見抜いていた。それだけではなく、改善点や克服要素もきちんと分析しているようだった。
話を聞けば聞く程、友人の武嗣さんに対する尽元の興味は増していくばかり。
つい夢中になって話を聞いていたが、パンっ! と勢い良く手を叩く音が部屋に響き会話を中断する。
いつの間にか工房のドアには燐光が凭れ掛かっており、腕を組んで苦笑している。
「はいはい、秘密のお話はそこまで。尽元、鉄石が『アップルパイ焼けたっすけど、手伝いは?』と怒っていましたよ」
燐光の言葉に慌てて手元の携帯端末を覗き込むと、そこには鉄石からの連絡が何件も入っている。そういえば、今日のおやつはアップルパイが良いとリクエストしたのは自分だった。
「やっべ!! 定光兄貴、師匠にもちゃんと説明しとけよ!」
尽元は勢いよく立ち上がり走ろうとするが、その前にきちんと定光に釘を刺す事も忘れてはいない。
「はーい」
間の抜けた定光の声に不安を感じながらも、尽元は部屋を飛び出す。
鉄石への謝罪とご機嫌取りを考える頭の片隅には、何故か友人でファンの武嗣さんがしっかりと居座っていた。
――――――
元気よく駆けていった尽元の背中を見送ると、燐光はドアを背に定光と無言で見つめ合う。
先に動いたのは、定光。
燐光の白髪がふわりと浮き、白衣に包まれた体がドアに押し付けられる。
定光は燐光の右手に自分の掌を重ね、指の間をゆっくりと丹念に擦りながら指を絡ませた。
先程の掴み所がなく、けれど優しい兄貴分である定光の姿は無い。左手で髪を掻き上げ、現れたのは蠱惑的な瞳と挑発的な表情だった。
「残念、少し遅かったね」
「……私の許しも無しに、よくも勝手な真似を」
燐光は表情を険しくしながら定光を睨むが、当の本人は満足そうな表情で首を傾げる。
「勝手だなんてとんでもない。僕はきちんと君に一言断ってから、行動したはずだよ」
「それを許可した覚えはありません」
尽元と定光の会話全てを、燐光が聞いていたわけではない。定光が尽元の元へ訪れていた事もついさっき知り、急いで工房へと出向いたのだ。
しかし、先程聞こえてきた話の断片からして、もう既に武嗣と尽元の接点は結ばれている。
燐光が危惧していた定光、そして定光達の企みは始まってしまった。
表情を曇らせる燐光に反して、定光はにんまりと何処か不気味に笑う。
「君が家族を大切に思うのと同じように、小生も大切な弟の為に行動するのみだ」
定光の発言の意味や重さを燐光はよく分かっている。だからこそ怒りを定光にぶつける事は出来ず、やり場のない思いできつく拳を握った。
「……」
「愛しているよ、燐光」
「……本当に、貴方は。いつも、そうやって……」
燐光の言葉は定光の唇によって遮られる。
舌を絡ませるでもなく、ただ唇を押し当てるだけのキス。
その間に絡み合う視線、定光の表情が一瞬だけ揺らいだ。その瞬間思わず燐光は定光の頬に手を伸ばしたが、それより早く定光は唇と顔を離す。
燐光の前に居る男は、挑発的な表情に戻っていた。
「燐光、彼にはもう時間が無い。それは君も分かっているだろう? だからこそ、本気で小生達の邪魔をしようとしていない」
「……否定は、しません」
「分かっているのなら、それでいい。中途半端な介入と情は、余計に尽元を苦しめるだけだからね」
「…………それでも、それでも私は!!」
悲痛な声で叫ぶ燐光に対し、定光は何も答えない。
掌を離し、燐光を解放した定光は白衣を翻して部屋を出ていく。
燐光は一人その場に残り、ドアに飾られていた般若面を外して胸に抱いた。
「……尽元」
切なげな表情を浮かべて、弟子の名を震えた声で呼ぶ。
燐光は定光達の思惑と、真実のほんの一部を知っていた。
真実がどれだけ残酷で、同時に救いのある事実なのかも――よく分かっていた。
だからこそ事態が動き出してしまった、今。
燐光は尽元と……。
――尽元の実の弟である、彼の幸せを祈ることしかできなかった。
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